本番まであと三日という夜、練習はいつものように始まったはずだった。だが、最初の通しが終わる前に、空気は急に冷えた。ドラムの女がほんの少しだけ拍を押し出し、ベースの青年がそれに合わせ損ねる。派手な髪色の女は歌い出しを一拍早く探り、ボーカルの青年は目線で合図を送ろうとして、逆に迷わせた。ギターの男だけが細かく音を拾い続けたが、その丁寧さが今は重荷に見えた。 二回目の通しで、事故は起きた。ギターの男が一小節目の入りを誤り、立て直そうとした瞬間、ドラムが止まり、他の音もばらばらにほどけた。音が落ちたあとに残ったのは、誰も息をしていないような静けさだった。 「もう、続けられない」 そう言ったのが誰だったのか、最初はわからなかった。けれど、顔を上げたのは派手な髪色の女だった。いつもの強気が消え、目だけが妙に疲れていた。 「私、ここで無理してまでやる意味がわからなくなった。みんなが見てるのは音じゃなくて、ぶつかるのを待ってる顔ばっかりだし」 誰も引き止める言葉をすぐに出せなかった。ドアの前で立ち止まった彼女は、振り返りもせずに小さく息を吐く。 「少し休む。連絡はするけど、次は来られないかもしれない」 扉が閉まる音は、思ったより軽かった。残された四人は、しばらく動けなかった。ギターの男は譜面を見つめたまま、ベースの青年はケースを抱えたまま、ドラムの女はスティックを握りしめたまま、ボーカルの青年は開きかけた口を閉じたままだった。 その夜、彼女のいないスタジオはやけに広く感じた。いつもなら一番に空気を押し出していた声が消えると、誰もが自分の不安に気づいてしまう。ギターの男は初めて、細かく整えることより、誰かが笑って受け止めてくれることに救われていたのだと知った。ベースの青年は、黙って機材を運ぶだけで場が回っていたのは、自分の無口さを彼女が軽くしてくれていたからだと気づいた。ドラムの女は、厳しく止める役を買っていたのは、彼女が勢いを外へ逃がしてくれていたからだと知った。ボーカルの青年は、つなぐ言葉が通じたのは、彼女が先に空気を割ってくれていたからだと悟った。 翌朝、四人は早めに集まった。連絡はまだない。それでも椅子は一脚足りないまま、いつもの位置に置かれた。誰が最初に言い出したわけでもなく、四人は彼女の役割を少しずつ引き受け始めた。ドラムの女は止める前に一拍だけ余計に待ち、ベースの青年は低音で隙間を埋め、ギターの男は譜面の細部を削って全体を見た。ボーカルの青年は、返事のないメッセージに何度も短い言葉を送り続けた。 ようやく届いた返信は、たった一行だった。ひとりが消えると、残りの弱さが見えるものだね。スタジオへ行く前に、その文を読んだ四人は、なぜか同時に笑っていた。誰かが欠けて初めて、互いがどれだけ支え合っていたかを知るなんて、あまりに遅くて、少しだけ残酷だった。けれどその遅さの中に、もう一度だけ始め直せる熱が確かにあった。
相性最悪、最強の五人
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