エラベノベル堂

旧校舎の壁画と失踪

全年齢

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8章 / 全10

文化祭前日の旧校舎は、昼間よりもずっと騒がしかった。段ボール箱を抱えた生徒が廊下を行き交い、借り物の布や電飾が風に揺れている。その混雑に紛れ、僕と真鍋は三階広間へ急いだ。さっき生徒会室で拾った書類に、壁画の仕掛けを動かす鍵は準備期間の合図に合わせて開くとあったからだ。佐伯の失踪の謎が、学園祭と結びついている。そう気づいた途端、胸の鼓動が一段速くなった。 ところが、旧校舎へ続く渡り廊下で最初の災難が起きた。真鍋が小脇に抱えていた脚立が、どういうわけか突然ほどけた布に引っかかり、音を立ててひっくり返ったのだ。僕が支えようとして一緒に転びかけ、足元には文化祭ポスターが雪崩みたいに散らばった。しかも、その中から現れたのは見知らぬクラスの模擬店の看板で、僕たちは一瞬、目的地を間違えたのかと本気で焦った。 ようやく広間に着くと、壁画の前に小さな机が置かれていた。上には古い時刻表と、色の違うチョーク。佐伯が残したものらしい。時刻表の端には、七時十分、電源を落とす、と書かれている。真鍋が壁を見上げた瞬間、描かれた生徒たちのうち一人が、こちらへ手を差し出すような形に見えた。まるで、今こそ進めと促しているみたいだった。 だが、そこでまた騒ぎが起きる。扉の外で誰かが足を滑らせ、用務員の小林先生が抱えていた紙束が宙に舞ったのだ。僕たちは反射的に駆け寄り、ばらばらになった紙を集めた。ところが、床に散ったそれはただの資料ではなく、壁画の更新手順を記した下書きだった。見出しには、文化祭の飾り付けが終わったら、合図を三度、という文字。真鍋がそれを読むなり顔をしかめる。 「三度って、今もう二度目じゃないか」 言い終えた途端、遠くで校内放送の雑音が鳴った。誰かが機材を切り替えそこねたらしい。広間の照明がふっと弱まり、壁画の色がいっそう鮮やかになる。僕は書類の最後のページをめくった。そこには、佐伯の字で、壁画は見つけるための地図じゃない、思い出を戻すための合図だと記されていた。失踪したのではない。学園祭の準備と合わせて、誰にも気づかれないように古い記録を公開するつもりだったのだ。 そのとき、壁画の中央に空白がひとつ開いた。真鍋が息を呑み、僕も言葉を失う。空白はゆっくりと形を持ち、見慣れた横顔になった。けれど、それは佐伯そのものではなく、準備で走り回る今の彼を、誰もが心の中で思い描いた姿だった。次の瞬間、廊下から佐伯本人が飛び込んできて、ずれたベストを直しながら叫ぶ。 「間に合った、よね」 間に合っていないのは、僕たちの理解のほうだった。壁画は失踪の証拠ではなく、学園祭の合図に合わせて、みんなの記憶を一枚ずつ重ねる装置だったのだ。真鍋が呆れたように笑い、僕もつられて吹き出す。騒がしい準備の真ん中で、旧校舎の壁だけが、すべてを知っていたように静かに輝いていた。

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