エラベノベル堂

天動説老人の珍道中

全年齢

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2章 / 全10

翌朝、広場の隅には荷車が一台用意されていた。木枠は年季が入り、車輪は片方だけ少し傾いている。だが六人の老人たちの目には、立派な遠征馬車に見えていたらしい。三輪が手帳を開き、必要な物を読み上げるたび、誰かがうなずいて次々と荷台へ積み込んでいく。 まず望遠鏡が二本。いや、予備を入れて三本。地図は一枚では心許ないと、色の違う写しを四枚。方角を測る木の盤、振り子の棒、針金の輪、そして誰が持ってきたのか、壊れた笛や大鍋まで転がり込んだ。吉蔵は 「遠くで湯を沸かせば目印になる」 と言い張り、千代は 「音が鳴れば迷わぬ」 と笛を抱え込む。石田は石田で 「腹が減っては果てに届かぬ」 と、干し芋の袋を山ほど結わえた。 「ちょっと待て、これでは荷車が沈む」 三輪の声に、皆が顔を見合わせる。 「なら軽くすればいい」 「何を減らすんだ」 「そりゃあ、わしの笛だろう」 「駄目だ、笛は道中の合図に要る」 「では鍋を置こう」 「湯が沸かせん」 「では干し芋を」 「それはもっと駄目だ」 言い合いはすぐに収まらず、荷車の上で道具たちがぎしぎしと居場所を奪い合った。片側に地図を積みすぎたせいで車体は傾き、反対側に石田の干し芋が載ると今度は戻りすぎる。押していた三輪が 「あっ」 と短く声を漏らした瞬間、車輪が石につまずき、荷車はぐらりと大きく揺れた。 「危ない危ない」 吉蔵が咄嗟に望遠鏡を支えにしたため、筒は見事な角度で空を向いた。そこへ朝日の光が差し込み、銀色の輪が眩しくきらめく。子どもたちが遠巻きに見守るなか、老人たちは一斉に息を止めた。荷車は今にもひっくり返りそうで、それでも誰ひとり手を離さない。 「わしの笛は外せん」 「なら、笛の隣に地図を置くな」 「では地図を丸めよう」 「それは果てが困る」 結局、三輪が笑って手を打った。 「よい。ならば積み方を変える。こだわりは捨てぬ、だがぶつけ合いもしない。旅はそれで足りる」 誰かがぷっと吹き出し、それが伝染して、広場に笑いが広がった。老人たちは半ば諦め、半ば誇らしげに荷を詰め直す。最後に三輪が荷台の端へ小さな旗を結びつけた。布は風に揺れ、白い余白へ向かって細く指を差しているようだった。 「では、出発だ」 その一声で、六人はようやく最初の一歩を踏み出した。ぎくしゃくした荷車は大きく鳴き、しかし確かに前へ進む。笑い声を背に受けながら、彼らはまだ見ぬ果てへ向かって、少しだけ頼りなく、それでも胸を張って町を出た。

2章 / 全10

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