最初の村が見えたのは、昼を少し回ったころだった。麦畑の向こうに、井戸のある小さな集まりがぽつんとあり、煙の細い柱が一つ、空へまっすぐ伸びている。老人たちは荷車を止めると、揃って胸を張った。 「ここで道を聞こう」 三輪が言った。 「旅は確認が肝心だ」 「その通りだ」 と吉蔵がうなずく。 「わしらは慎重だからな」 ところが、村へ入るなり、彼らは最初の道を大きく見誤った。井戸を左に見て進むつもりが、右手の畑道へ吸い込まれ、気づけば村の裏を回っていた。そこで見覚えのある納屋が現れ、さらにもう一度、同じ曲がり角に戻ってきたとき、石田が眉をひそめた。 「さっきの犬、小便してなかったか」 「した」 千代が即答した。 「同じ犬だ」 「ということは」 「わしら、回っている」 三輪は地図を広げたが、折り目が風に持っていかれて、どれが上か分からない。吉蔵は望遠鏡を覗いたまま 「真っ直ぐのはずだ」 と言い、振り返った先で、自分たちが朝見た藁束をまた見つけて黙り込んだ。笑うに笑えない沈黙ののち、六人はそれぞれ役目を勝手に決めた。 「わしが前を見る」 吉蔵。 「わたしが地図を押さえる」 千代。 「足元は任せろ」 石田。 「袋はわしが持つ」 「いや、それはわたしだ」 言い合いながらも、次の一歩からは妙に揃った。誰かが曲がり角を見落とせば、別の誰かが咳払いして止める。地図が裏返れば、千代が即座に回し直す。干し芋の袋が傾けば石田が支え、三輪は進行役らしく短い合図を出した。ぶつかり合っていたはずの老人たちが、知らぬ間に一つの機械みたいに動き始める。 村の子どもがそれを見て、 「おじいさんたち、迷子なのに強そう」 と笑った。だが迷っている当人たちは、なぜか少し得意だった。道を外したまま立ち止まるより、間違いを数えながら進むほうが、旅らしい気がしたのだ。 やがて井戸のそばに戻ると、朝と同じ老婆が桶を洗っていた。三輪が頭を下げて尋ねる。 「果てへ向かう道は、どちらだろう」 老婆は六人を見比べ、乾いた笑みを浮かべた。 「ずいぶん遠くへ行く顔だね。まっすぐ行きなさい。ただし、あんたたちは真っ直ぐが苦手そうだ」 老人たちは顔を見合わせ、同時に吹き出した。笑い終えたあと、三輪は荷車の前に立ち、いつもの咳払いを一つ置く。 「では改めて進もう。今度は、迷っても戻れるようにな」 その言葉で、六人の足並みはようやく旅の形を帯びた。村を出る荷車はまだぎこちなかったが、さっきまでの右往左往とは違い、どこか楽しげに軋んでいた。
天動説老人の珍道中
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