市場は朝から熱を帯びていた。魚の匂い、焼き栗の煙、布を打つ槌の音が重なり、荷車を引いた六人は人波の端で立ち止まった。三輪が小さく咳払いをすると、皆が一斉に布を広げる。即席の観測講座と札を出したが、字が小さすぎて誰にも読めない。吉蔵はそれを指でつつき、胸を張った。 「空の回り方を知れば、道に迷わん。見たいか、世界の仕組みを」 「見たい!」 と子どもが数人、目を輝かせる。 ところが三輪が望遠鏡を構えた途端、手が震えて筒がぐらりと傾いた。 「まずは北の星だ。あれがぐるりと巡る。つまり、世界は大きな釜のふたみたいなものだ」 「ふた?」 と誰かが吹き出す。 千代が地図を指し示すつもりで、うっかり裏返した。すると海も山も逆さになり、見物の子どもたちは腹を抱えた。 「ほら、これが上で、こっちが下だ。いや、今は逆でも差し支えない」 石田は慌てて振り子の棒を揺らしながら説明した。 「月の引きはこうじゃ。右へ行く気で左へ、左へ行く気で右へ、わしらの足も毎回だいたいそうだ」 「それじゃ役に立たん」 と笑い声が起こる。 吉蔵は負けじと針金の輪を空へかざした。 「輪の中心を覗くと、世界の端が見える。たぶん。見えた気がしたことがある」 「気がしたのかい」 と市場の女たちまで笑い、道具の周りに人だかりができた。 しかし老人たちは恥ずかしがるどころか、笑いに合わせて身ぶりを大きくした。三輪は咳き込みながらも、町の子どもが差し出した銅貨を受け取る。次の子は干し芋を一つ置き、また次の子は壊れた鈴を置いた。誰も高い金など払わない。ただ、面白がって耳を貸し、帰り際にひとこと励ましを置いていく。 「おじいさんたち、果てまで行ったら教えてよ」 「うん、迷ったら戻ってこいよ」 その声に、六人はぽかんとしたあと、照れくさそうに笑った。講座は大成功とは言えない。だが、袋の中には思いがけず旅費がたまり、何より、荷車の前に小さな花束や布切れが結ばれていく。見物していた男が、地図の端を指で押さえながら言った。 「あんたら、馬鹿みたいに見えるが、嫌いじゃない。続きが気になる」 三輪は一度だけ目を伏せ、それから静かに頷いた。 「ならば見ていてくれ。わしらは、まだ途中だ」 市場のざわめきの中で、六人の周りだけが少し温かかった。旅は相変わらず頼りなく、道具も話し方もどこかちぐはぐなままだったが、今度は後ろから追い風が吹いている気がした。子どもたちの笑いが、いつのまにか応援の拍手に変わり、その拍手を背に受けて老人たちは荷車を押し出す。次の町でまた講座を開けと言われ、三輪は困ったように眉を寄せながらも、口元を緩めた。 世界の果てへ向かう前に、彼らはほんの少しだけ、世界から背中を押された。
天動説老人の珍道中
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