宿に戻ると、もう外は夜だった。山道の風が板戸を鳴らし、灯りの下で六人はそれぞれ靴を脱ぎ、濡れた裾を乾かしていた。そこへ、昼間から彼らをちらりと見ていた学者風の男が、湯のみを手に近づいてきた。細い顎に整えた髭、手入れの行き届いた上着。いかにも理屈を好みそうな顔である。 「あなたがたの話は、面白いが危うい」 男は穏やかに笑った。笑っているのに、どこか上から眺める目をしている。 「空は空です。回ると思うのは、見方の癖でしょう」 三輪はすぐには返さなかった。代わりに、湯気の立つ茶をひと口すすり、吉蔵のほうを見た。吉蔵は肩をすくめ、千代は小さく頷く。石田は黙って、濡れた地図の端を手で押さえていた。 「わしらは、空が回ると決めて生きてきたわけではない」 三輪が言った。 「朝に光が来る。夕に影が伸びる。星は同じ位置に留まらず、季節は少しずつ輪を描く。そうして暮らしてきた年寄りの目には、世界が上から下へ落ちていくより、抱えられて巡っているほうが近かったのだ」 男は眉を動かした。 「それは比喩ですか」 「さあな。だが、比喩は嘘ではない」 千代が続ける。 「わたしは港で、海に映る星を見た。吉蔵は丘で風の向きを見た。石田は村の影の長さを覚えていた。皆、違うものを見て、同じ夜を拾ってきたんだよ」 吉蔵が鼻を鳴らした。 「学のある人は、ひとつの正しさにまとめたがる。だが、わしらはまとめきれんかっただけだ。だから困る。けれど困ったぶん、覚えたことも多い」 男は少し黙った。窓の外で、遠い風鈴が鳴っている。彼の視線が、濡れた地図の白い余白に落ちた。山も海も描かれていない、その空白に。 「世界の端を探す旅だと聞いていましたが」 男はゆっくり言った。 「本当に探していたのは、そこですか」 三輪は笑った。 「端は見つからなかった。だが、見え方は増えた。若いころは一つの答えが欲しかった。今は、答えの並び方を覚えたい」 男は湯のみを置き、初めてきちんと頭を下げた。 「私は、あなたがたを笑っていました。ですが、世界を一つの棚に押し込めるのは、私のほうかもしれません」 その言葉に、老人たちは顔を見合わせた。勝ったのではない。ただ、相手の中に少し風穴があいたのが分かったのだ。 「なら、明日の朝にでも一緒に来るか」 石田が言った。 「道は曲がるが、話は曲がらんようにする」 男は目を瞬かせ、それから不意に笑った。堅そうだった顔がほどけ、年相応の若さがのぞく。 「ぜひ。私も、自分の見方を一つ増やしたい」 夜更け、六人は寝台に入る前に、窓辺へ立った。山の向こうで星が回っている。そう見えるのは彼らだけかもしれない。だがそれでいいと、もう誰も思っていた。明日の道は、学者と老人が並んで歩く道になる。世界の果てを語る旅は、いつのまにか、語り合う世界そのものを少し広げていた。
天動説老人の珍道中
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