宿の部屋は、六人の息づかいでやや狭く感じられた。山を越えた疲れが足にたまり、石田は寝台の端へ腰を下ろしたまま、しばらく黙っていた。いつもなら腹が減っただの、茶がぬるいだのと口を動かす男が、今夜はやけに静かである。その沈黙が、かえって皆の胸をざわつかせた。 やがて石田は、照れ隠しのように鼻を鳴らした。 「なあ、本当に世界の果てなんぞ、あるんかのう」 部屋の空気が一瞬だけ止まった。三輪は湯のみを持ったまま目を閉じ、吉蔵は天井を見上げ、千代は布団の端を指でつまんだ。誰もすぐには笑わない。笑えないほど、その問いは疲れに似ていた。 先に口を開いたのは吉蔵だった。 「今さら弱気か。お前らしくもない」 「弱気じゃない」 石田はむっとした顔をしたが、声は少し掠れていた。 「ただ、歩きすぎて、果てがこっちを避けている気がしてな」 千代が短く吹き出した。 「避けるなら、あんたの足音が大きいせいだよ」 「なんだと」 「そうやって騒ぐから、果ても顔を出しにくい」 三輪がそこで、ようやく目を開けた。 「ならば、わしらが先に顔を出してやればよい」 「どういう理屈だ」 石田が眉を寄せる。 「理屈ではない。気合いだ」 吉蔵が腹を抱えて笑った。 「ほら見ろ。果てがあるかどうかより、果てを心配する余裕が出た。これが答えだ」 「答えになっておらん」 「十分だ。道中で腹も立てた、笑いもした、誰かが転びそうになれば手も出した。お前はそれを忘れたのか」 石田は黙った。忘れてはいない。むしろ、その一つ一つが重くて、果てのことなど急に遠くなっただけだ。長く続いた旅の輪郭は、目的地より先に、仲間の癖や声の調子でできあがっていた。 三輪が湯のみを置く。 「石田よ。わしらが追っていたのは、地の終わりではなく、確かめ合える場所だったのかもしれん」 「確かめ合える場所」 「そうだ。誰か一人が見たものを、皆で笑って、皆で支えて、最後には自分の見たこととして持ち帰れる。そんな旅だ」 千代は窓の外を見た。夜空は黒く深く、星は小さな釘みたいに刺さっている。 「ほら、まだ上には空がある。果てがどこにあっても、明日の空はまた違う顔をするよ」 石田はしばらく黙り、それから苦笑した。 「わしはてっきり、最後に大きな崖でもあるのかと思っておった」 「あるかもしれん」 三輪が肩をすくめる。 「崖なら崖で、みんなで覗けば怖くない」 「落ちるなよ」 「お前こそ先に転ぶな」 言い合いの末、部屋の中に笑いが満ちた。石田はついに肩の力を抜き、寝台にもたれた。果ての有無を問うたはずが、いつの間にか問いそのものが小さくなっている。代わりに残ったのは、六人で重ねてきた道の重みだった。 「なら、もう少し歩くか」 石田が言った。 三輪が頷く。 「そうだな。果てが先でも、答えが先でもない。わしらは、まず一緒に来たのだ」 その夜、六人は遅くまで笑い、朝になればまた荷をまとめることを決めた。世界の果てはまだ見えない。だが、果てを探す旅は、いつのまにか誰ひとり取り残さない約束になっていた。扉の外では風が鳴り、彼らの新しい帰路を、先に祝っているようだった。
天動説老人の珍道中
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