気づけば、アカネは三人目の相手と笑っていた。銀の縁取りの仮面をつけた男は、最初の一言から妙に話がうまく、彼女が普段なら受け流してしまうような世間話まで、すっと面白くしてしまう。仕事の愚痴をこぼせば、それを誰かの小さな革命だと笑い飛ばし、趣味の話をすれば、思いもよらない切り口で返してくる。気さくなのに軽薄ではない。洗練されているのに近寄りがたい壁もない。こんなふうに会話そのものを楽しめる相手がいる世界を、アカネは初めて知った。 「ここは、思ったより窮屈じゃないんですね」 そう口にした途端、隣にいた女性が扇を閉じた。 「そう見えるでしょう。けれど、自由に見える場所ほど、守るべき形があるものよ」 その声はやわらかいのに、妙な重みがあった。アカネはグラスを持つ手を止める。女性は名を名乗らない。ただ、視線だけで広間のあちこちを示した。笑い声の合間に交わされる短い合図、誰かが立ち去るときにだけ変わる空気、一定の距離を越えると途端に静かになる輪。楽しげに見える会話の裏で、見えない糸が何本も張られている。 「ここでは、聞かれたことしか答えないの」 別の参加者が、アカネの耳元でそう囁いた。冗談めいた口調なのに、目だけは笑っていない。アカネは思わず姿勢を正す。名前を明かさないことは、ただの遊びではないのだ。沈黙にも順番があり、近づき方にも距離がある。うっかり踏み越えれば、場の空気そのものが冷える気配がした。 それでも会話は途切れない。むしろ、踏み込みすぎないからこそ言葉が上品に磨かれていく。ある者は旅先の失敗談を、ある者は最近読んだ本の話を、ある者は見知らぬ街のカフェの記憶を語った。誰も素顔は見せないのに、話の端々に暮らしの気配が滲む。その断片を拾い集めるたび、アカネの中で夜会はただの仮面舞踏会ではなく、選ばれた静かな迷宮のように思えてきた。 ふと、あの黒い仮面の男が遠くでこちらを見た気がした。手元のカードには、先ほどまでなかった細い線が増えている。まるで次の席へ進めと示す案内のように。アカネは胸の高鳴りを押さえ、気づかれないように息を整えた。楽しい。確かに楽しい。けれど、この場は笑っているだけでは終わらない。彼女はまだ、何も知らないまま招かれているのだ。
仮面夜会の招待状
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