その噂を耳にしたのは、グラスを傾ける誰かの何気ない一言だった。主催は表向きは文化支援の名目だが、本当は人を集め、見極め、選り分ける場らしい。会場の骨董品の多さも、妙に行き届いた案内も、すべてそのためだという。アカネは仮面越しに笑いながら、背中へ薄い汗がにじむのを感じた。 選り分ける。まるで市場の商品みたいだ。そう思った途端、さっきまで心地よく聞こえていた音楽の輪郭が変わる。誰かの冗談は軽やかで、誰かの視線はやけに長い。広間の隅に立つ黒い仮面の男は、相変わらず何も言わない。ただ、アカネが気づいたことを知っているように、静かに杯を持ち上げた。 別の客が、扇で口元を隠しながら囁く。 「帰るなら今よ。知った顔でいるには、少し遅いかもしれない」 アカネは喉の奥が乾くのを感じた。最初はただ、退屈な毎日に空気を入れ替えたかっただけなのに、いつの間にか足元の床板が鳴っている。見えない仕組みの上を歩いているようで、次の一歩が自分のものではない気がした。 それでも、黒い仮面の男が残した言葉が頭から離れない。今夜の席は選ぶな。明日の扉で待て。その一文は、脅しとも誘いともつかず、かえって心を乱した。もし本当にこの場が誰かを選ぶためのものなら、もう一度会った先にあるのは楽しさだけではない。 アカネは出口の方へ目をやった。扉の向こうには、日常の明かりがあるはずだ。いつもの電車、いつものコンビニ、いつもの自分。けれど、ここで背を向ければ、この夜会が何だったのかを確かめないまま終わることになる。胸の奥で、好奇心が不安に変わり、さらにその奥で小さな意地が火を点けた。 戻るべきか。確かめるべきか。 彼女が立ち尽くしたその瞬間、会場の灯りが一斉に落ち、仮面たちの輪郭が暗がりへ沈んだ。静寂の中で、たった一つだけ、アカネの手元のカードが淡く光る。そこには、今まで見えなかった印が浮かび上がっていた。彼女の名を、誰よりも正確に知っているかのような文字で。
仮面夜会の招待状
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