エラベノベル堂

粘液の異世界迷宮

全年齢

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3章 / 全10

枝を握りしめたまま、僕は次の一歩を探した。だが、足を動かすたびに膝の裏がふわりと浮くようで、地面が遠い。頭の芯がぼんやりして、視界の端が薄く滲んだ。あの粘液に触れたわけでもないのに、息苦しさだけがじわじわと体の内側を満たしていく。 そのとき、鋭い金属音が森を裂いた。続いて、低い声が飛んでくる。そこを動くな。こっちへ来い。見上げると、木々の間から一人の男が跳び降りてきた。革の外套に、使い込まれた短剣。旅人のような身なりなのに、目つきは獲物を見定める獣みたいに鋭い。彼は迷いなく僕の前へ踏み込み、滑るように迫るスライムへ小瓶の中身を浴びせた。 白い煙がふわりと立ち、半透明の塊はたちまちしぼむように動きを鈍らせた。男は舌打ちし、もう一度だけ短剣を振る。切るというより、流れを断つみたいな所作だった。塊は音もなく崩れ、地面に染みを残す。 助けてくれたのか。そう口にすると、男は肩をすくめた。魔物ハンターだ。そんなことより歩けるか。彼の手は荒れていたが、押しつけるような乱暴さはない。僕がうなずくと、男は即座に背を向け、茂みの裂け目へ進んだ。 ついて来い。ここは長くいる場所じゃない。 導かれるまま進むと、森の奥に隠れるようにして小さな掘っ立て小屋があった。中は乾いた薬草の匂いがして、薄い毛布と水差し、火の気のない炉が並んでいる。男は僕を椅子に座らせ、布を水で湿らせて額に当てた。冷たさが皮膚を撫でると、ようやく世界の輪郭が戻ってくる。 さっきのは魔力を乱す粘液だ。触れれば肌だけじゃない、体の巡りと気分まで崩される。軽く済めば目眩で、悪ければ手足の感覚が鈍る。あいつらはただの水っぽい魔物じゃない。 魔力。巡り。感覚。聞き慣れない言葉ばかりだった。僕が黙っていると、男は少しだけ表情を和らげた。 ここでは常識から覚え直すんだ。森の水は飲むな。妙に静かな場所には近づくな。魔物は見た目で判断するな。特にスライムは、柔らかそうだからって甘く見ると痛い目を見る。 その説明は、怖いのにどこか妙に現実的だった。僕は濡れた布越しに呼吸を整え、ようやく助かったのだと理解した。だが、男が窓の外へ視線を向けた瞬間、その顔つきが変わる。小屋の外、木立の向こうで、ぽちゃん、というあの音がひとつだけ鳴った。今度は近くない。まるで、こちらが来るのを待っているみたいに。

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