エラベノベル堂

潜入捜査官、罠を破る

全年齢

小説ID: cmnkiyux8000001s2ptmisbom

2章 / 全10

倉庫の扉をくぐった瞬間、葉月はそこがただの荷捌き場ではないと悟った。天井の高い空間には灯りが少ないのに、隅々まで気が行き届いている。誰かが大声を出す必要もない。手を上げる角度、立つ位置、視線の流れだけで、人の動きが整えられていた。見えない指揮者がいる。葉月は背筋に薄い緊張を這わせながら、配られた名札を胸に留めた。 周囲を見れば、運搬役に見える男たちの靴は揃って磨かれ、護衛らしき者の耳には細い通信機が光る。作業着姿の者でさえ、袖口やベルトの乱れがない。雑然としているようでいて、実際にはひとつの型にはめられている。葉月は棚の影に身を寄せ、積まれた木箱の刻印を目で追った。運び込まれる品の種類は多く、箱の大きさもばらばらだが、搬入の順番には妙な統一がある。重いものほど奥へ、軽いものほど手前へ。単純に見えて、そこに倉庫の全体像が隠れていた。 彼女は記憶するだけでなく、疑問を増やした。入口の警備は二重、いや三重に近い。表の門で人を止め、内側で顔を確かめ、さらに奥で荷の符号を照合している。これほど警戒が厳しいなら、扱うものは金だけではない。情報か、名簿か、それとも人の人生そのものか。葉月は口を閉じたまま、近くを通る男たちの会話を拾う。断片は短いが、そこから組織の癖が見えた。上に立つ者ほど姿を見せず、代わりに数字だけが命令として流れてくる。 不意に、奥の区画から低い呼び声が上がった。誰かが帳面を確かめ、別の誰かが頷く。葉月はその一瞬に、運び込みの流れがほんのわずかに変わるのを見逃さなかった。特定の箱だけが別の通路へ回されている。そこは人目につきにくい、しかし警備が一段と厚い。核心はあそこにある。彼女は視線を落とし、何気ない歩調で位置をずらした。まだ踏み込める。まだ正体は割れていない。 だが、空気の張りつめ方は、すでに彼女の背中を試していた。ひとつの小さな違和感が、次の違和感を呼ぶ。葉月はそれを知っていた。だからこそ、急がない。証拠は走って集めるものではなく、逃げ道のない場所で積み上げるものだ。彼女は倉庫の奥へ続く暗がりを見据え、静かに次の一歩を選んだ。

2章 / 全10

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