葉月は配られた伝票の束を受け取りながら、倉庫の奥で進むやり取りを目で追っていた。現場にいる人間の輪郭は、近くで見るほど複雑になる。運ぶ者、数える者、見張る者。その間を縫うように動く連絡係が、今日は妙に落ち着かなかった。細い肩に無線機を下げた若い男は、呼ばれてもすぐに振り向かず、ひと呼吸置いてから返事をする。その遅れが、ただの癖にしては不自然だった。 葉月は気づかれない距離を保ち、荷札を並べ直すふりをしながら様子を探る。男は何度もポケットへ手を入れ、すぐに引き抜いた。まるで何かを確かめては、思い直しているようだった。上役と見られる男が短く指示を飛ばすたび、彼はうなずくが、目線だけが別の方向へ泳ぐ。その先には、搬入口へ続く通路と、封を切られていない細い箱があった。 何かを隠している。そう悟っても、葉月は表情を変えなかった。ここで直接問いただせば、相手の警戒心を一気に煽る。彼女が求めるのは、相手を追い詰めることではない。組織の内側にある綻びを見つけることだ。だから声は柔らかく、言葉は短く整える。 「さっきの帳面、数が合っていましたか」 連絡係の男は一瞬だけ肩を強ばらせた。葉月はそれを見逃さない。続けて、同じ調子で言葉を重ねる。 「奥の通路、慣れていない人には迷いそうですね。案内があると助かります」 男は視線を上げ、葉月の顔を確かめた。疑うほどではないが、安心もしきれない。その曖昧な表情が、かえって彼女の確信を深める。彼は荷の流れを知っているだけではない。どこかで、誰かの動きを隠している。 やがて上役の男が近づき、連絡係に低い声で何かを告げた。男はわずかに頷いたが、その手は伝票の束を握りしめたままだった。葉月は歩調を合わせて脇へ退き、壁際のパイプにもたれる。ここで踏み込めば、何もかもが荒れる。けれど、沈黙しすぎれば見失う。彼女は息を整え、さりげない口調で問いを一つだけ差し込んだ。 「今夜の荷、いつもの流れと少し違いますね」 男の顔色が変わった。ほんの一瞬、だが十分だった。葉月は胸の奥で小さく頷く。違和感は当たっている。しかもそれは、ただの手順の乱れではない。誰かがこの場に、別の意図を持ち込んでいる。彼女は視線を落とし、気づかぬふりでメモを取った。警戒を高めずに近づくなら、相手の不安に寄り添うように見せるのが一番早い。葉月はその方法を知っていた。そして今、その静かな一歩が、思いもよらない扉へ手をかけ始めていた。
潜入捜査官、罠を破る
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