エラベノベル堂

八百屋の野菜たち

全年齢

小説ID: cmnllp1kq000001rtexbqibcz

2章 / 全10

昼前になると、店長が新しい木箱を二つ、慎重に積み上げた。ふたを開けたとたん、店先の空気が少しだけ跳ねる。今朝までなかった野菜が、つやのある姿でずらりと現れたのだ。 「増えたぞ」 トマトがいち早く身を乗り出す。 「新参者は礼儀が大事だ」 大根は落ち着いた声で箱の並びを見つめた。 ところが、新しく来たピーマンとなすは、どこに置かれるのが自分たちらしいのか、静かに主張しはじめる。色の並びを整えたい大根と、見映えを優先したいトマトが、いつもの調子で譲らない。店長はあちこちに手を伸ばしながら、ひとりで箱を回す。すると、札の向きが少しずれ、仕切り板の位置も曖昧になって、売り場の順番がたちまちややこしくなった。 「ここは私の席ではない気がする」 大根が真顔で言う。 「え、じゃあぼくは前に出すぎ?」 トマトが少しだけしょげる。 その横で、じゃがいもがのそのそと一歩前へ出た。 「まあまあ、急がなくても、野菜は逃げないよ」 その声は妙にゆるく、ぴんと張りつめかけた空気に、ぬるい湯気みたいな余裕を差しこんだ。店先の野菜たちは、思わず沈黙する。店長も苦笑して、手を止めた。 「そんなに構えなくてもいいじゃないか。順番は、あとからでも直せる」 じゃがいもは箱の中でころんと向きを変え、隣のピーマンに話しかけた。 「君はたぶん、光の当たるほうが似合う。でも、目立ちすぎる場所も疲れるだろう。ぼくみたいに、少し奥で待つのも悪くないよ」 そのとたん、ピーマンがふっと肩の力を抜く。なすも、長い体をすこし斜めにして、無理のない角度で落ち着いた。売り場はまだ完成していないのに、じゃがいものひと言で、まるで時計の針が一息ついたように、店先の空気が整っていく。 大根はその様子を見て、静かにうなずいた。 「なるほど。整えるだけが正解ではないらしい」 トマトは少し考えてから、いつもの明るさを取り戻す。 「じゃあ、ぼくは前に出るけど、出すぎない。そんな感じでどう?」 店長は笑って、値札の位置を直し始めた。新しく加わった野菜たちも、少しずつ自分の居場所を見つけていく。店先には、きっちりした線と、ゆるやかな間が同居していた。 じゃがいもは最後に、ひとつだけころりと転がって言った。 「順番があるから、景色はおもしろいんだよ」 その言葉に、誰も反論しなかった。

2章 / 全10

TOPへ