エラベノベル堂

八百屋の野菜たち

全年齢

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3章 / 全10

店の引き戸がからりと開いたのは、朝の光が少し高くなったころだった。最初の客は、買い物かごを片手にした若い女性で、まだ眠気の残る顔のまま店先を見回した。野菜たちは、一斉に息を吸い込んだ。 「こちらです、葉のそろい方が違います」 大根がきりりと背を伸ばす。 「見て、ぼくの赤。朝の気分が上がるでしょ」 トマトがつやを強める。 「どこに置かれていても、ぼくは落ち着いてるよ」 じゃがいもはいつもの調子で小さく転がった。 声はひとつに重なって、まるで小さな合唱みたいになった。客は一瞬だけ目を丸くしたが、次の瞬間、売り場の奥に並んだ菓子の棚へ視線を移した。そこには新しく入った焼き菓子があり、バターの香りがふわりと漂っている。女性は思わずそちらへ近づき、しばらく箱の文字を見比べた。 「……あれ?」 トマトがぽつりと漏らす。 「今の流れ、完全に外したね」 大根は静かに口を結んだが、白い身の先が少しだけ角度を失った。 店長は苦笑しながら、レジ脇の小さな試食皿を補充している。客が迷っているのを見て、じゃがいもが低い声で言った。 「急いで選ばれなくてもいいさ。人は、気分の向くほうへ引かれるものだから」 その言葉に、トマトがむっとしながらも考え込む。 「じゃあ、もっと目立つ並べ方にしたほうがいいのかな」 「いや、目立つだけでは続かない」 大根がすぐ返す。 「だったら、香りや使い方も伝える? 料理の想像がしやすいように」 店長はその会話を聞いて、ふっと目を細めた。そして空いた木箱の上に、小さな手書きの札を立てる。朝のサラダ向き、煮込みで甘みが出る、火を通すとやわらかい。たったそれだけで、棚の空気が変わった。 客は焼き菓子をひとつ手に取ったあと、今度は野菜の方へ戻ってくる。トマトに視線が止まり、大根にうなずき、最後にじゃがいもを見て、少し笑った。 「今日は、これにします」 その一言に、店先の野菜たちは、負けたのか勝ったのかわからない顔で固まった。だが店長が袋を渡すころ、客はもうひとつの棚にも手を伸ばしていた。思わぬ寄り道の末に、買い物かごの中には、野菜と甘い焼き菓子が並んでいた。 トマトが小さくため息をつく。 「次は、最初に目を向けてもらえる工夫が要るね」 大根は真面目な声で答えた。 「その前に、見てもらう順番を考えるべきだ」 じゃがいもは、そんな二人の間で静かにころんと揺れた。 「焦らなくても、次の客は来るよ。きっと今度は、ちゃんとぼくらを見つけるさ」 店先には、朝より少しだけ賑やかな風が通り抜けていた。

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