昼下がり、値札を差し替えようとした店長が、ふと手を止めた。大根の札には百二十円、トマトには百五十円、じゃがいもには八十円。ところが、箱を並べ直した拍子に札の位置がずれ、トマトの下には大根の値段が、じゃがいもの前にはトマトの値段が顔を出していた。 最初に気づいたのは、大根だった。 「待ってくれ。私が百二十円だとしても、これは私の札ではない」 トマトがすぐに身を乗り出す。 「え、じゃあぼくが安く見られてるってこと? それとも高すぎるってこと?」 じゃがいもは箱の中でころりと揺れて、のんびり言った。 「値段って、そんなに顔つきに出るものかな。ぼくは、ぼくなりの仕事をしてるだけだけど」 しかし、そこへ買い物客が一人やって来ると、話はさらにこじれた。客は札を見て、トマトを指さす。 「この大根、みずみずしそうね」 「ちがいます」 大根が即座に返す。 「その手前にある赤い丸いものがトマトです」 客は目を丸くし、それから小さく笑った。 「ごめんなさい、値札が入れ替わっているみたい」 その一言で、店先の空気がざわめいた。トマトは顔を赤くして言う。 「ほら見てよ。誰かがちゃんとしてくれないと、ぼくの良さが伝わらない」 「それは私の台詞だ」 大根も譲らない。 「整った並びがなければ、誤解ばかり生む」 じゃがいもは少しだけ沈黙したあと、低くつぶやいた。 「伝わらないのは、値段のせいだけじゃないかもしれないよ」 店長がその言葉に反応した。はっと顔を上げると、札の向き、箱の前後、仕切り板の位置を順に確かめ、ひとつずつ正しい場所へ戻していく。 「悪い悪い、今日は雨続きで手元が急いでた。だけど、値札はただの数字じゃない。ちゃんと見える場所に置かなきゃな」 その声は、責めるでも言い訳するでもなく、売り場全体を落ち着かせた。トマトは少し考え、いつもの勢いを少しだけ抑える。 「じゃあ、ぼくはただ赤いだけじゃなくて、サラダにも煮込みにも向いてるって見せなきゃね」 大根もうなずく。 「私はまっすぐで、煮ても焼いても役に立つ。そう書いてもらえれば、誤解は減る」 じゃがいもは最後に、箱の奥からころんと前へ出た。 「ぼくは目立たないけど、どんな料理にもなれる。安いからじゃなく、便利だから選ばれると嬉しいな」 店長はその言葉に小さく笑って、手書きの札を並べ直した。甘みが出る、歯ごたえがある、料理の主役にも脇役にもなる。数字の横に添えられた短い言葉が、野菜たちの輪郭をはっきりさせていく。 そのあとで入ってきた客は、札を見比べながら迷わずかごを取った。トマトを一袋、大根を一本、じゃがいもを三つ。野菜たちは、ようやく自分の価値が値段だけではないと知り始めていた。
八百屋の野菜たち
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