エラベノベル堂

八百屋の野菜たち

全年齢

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5章 / 全10

季節限定の特売イベントが決まった朝、店先はいつもより早くから浮き立っていた。入口には色紙で切った小さな花が下げられ、木箱の縁には緑のリボンが結ばれる。店長が貼り出した手書きの札には、春のごちそう市という文字が踊っていた。 「つまり今日は、ぼくらの見せ場ってことだね」 トマトがつやを増して言う。 「見せ場でも、順序は大切だ」 大根はすかさず返す。売り場の端を見れば、特売用の山が少し崩れかけている。 「固く言わなくてもいいだろう」 じゃがいもが、箱の中でころりと向きを変えた。 「人はまず、楽しい気配に寄ってくる。だから飾りは大事だよ」 店長は三人のやり取りを聞きながら、棚に小さな旗を挿していく。赤、白、茶色の並びが思ったよりきれいで、通りを行く人の目を引きそうだった。だが準備が進むほど、野菜たちの意見も細かく分かれていく。トマトは高い位置に置かれてこそ映えると言い、大根は根元をそろえて清潔感を出すべきだと主張する。じゃがいもは、盛りすぎると手に取りにくいから、少し余白を残したほうがいいと静かに提案した。 「余白って、目立たないじゃないか」 トマトがむっとする。 「目立つばかりが正解ではない」 大根も負けない。 じゃがいもは少しだけ沈黙してから、穏やかに笑った。 「ぼくは、触れる前の一息が好きなんだ。急がせる売り場より、選びたくなる売り場がいい」 その言葉に、ぴりついた空気が少しだけ和らぐ。店長も、箱の並びを確かめながらうなずいた。 「それぞれ得意が違うんだ。今日は競争じゃなくて、役割分担にしよう」 そこからは、作業が少しずつ噛み合いはじめた。トマトは前面の飾りを任され、目を引く赤で入口を明るくする。大根は札の位置と向きを整え、きっちりした列を作る。じゃがいもは奥の補充を引き受け、手を伸ばしやすい高さに箱を移した。けれど、たまに誰かが手を出しすぎて、花飾りが傾いたり、札がずれたりすると、すぐに小さな衝突が起こる。 「そこは私が直した」 「いや、ぼくの方が映える」 「二人とも、少し落ち着け」 言い合いのたびに、店先には笑いがこぼれた。結局のところ、誰か一人が完璧である必要はない。華やかさも、整いも、手に取りやすさも、全部そろって初めて客を迎える準備になるのだ。 昼前、最初の客が足を止めた。店先の飾りを見上げ、並んだ野菜に目を細める。その瞬間、トマトも大根もじゃがいもも、まだ少し言い足りない気持ちを胸にしまい、そっと息を合わせた。特売の札が、春風に揺れていた。

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