長雨が三日続いた。朝なのに空は夕方のように重く、店先のアスファルトには薄い水たまりが残っている。八百屋の引き戸は開いているのに、前を通る足音は少ない。木箱の上で、野菜たちは静けさに包まれていた。 「今日は、まだ一人も来ていないな」 大根がいつものように姿勢を正したまま言う。白い身に店内の薄い光が落ち、雨粒の冷たさまで吸い込んでいるようだった。 「雨の日って、こんなに長いんだね」 トマトは赤い表面に細かな水滴を残しながら、少ししおれた声を出した。いつもなら自分から話しかけるのに、今日はその勢いがない。 じゃがいもは箱の奥でころりと向きを変えた。 「長く感じるだけだよ。きっと、外ではみんな傘と相談してる」 その言葉に、誰もすぐには返さなかった。売れ残るかもしれない、という不安は、雨音よりも静かに箱の隅へ積もっていた。昨日まで自慢していた色も形も、今日は少し遠い。トマトはかすかに声を落とす。 「選ばれないまま終わるのかな」 大根は一度だけ目を閉じた。 「選ばれるために並んでいるが、選ばれなくても価値が消えるわけではない。そうは思う」 「でも、売れ残ったら明日まで冷えるよ」 トマトの言葉は、雨雲みたいに重たかった。 じゃがいもが、珍しく即答しない。しばらくしてから、低く穏やかに言った。 「ぼくは、少し遅れても平気だと思ってた。でも、誰にも見てもらえない箱の中は、思ったより寒いね」 その本音に、大根がわずかに表情をやわらげる。 「……私もだ。きれいに並べてあっても、見に来る人がいなければ、整っている意味を測れない」 トマトは驚いたように二人を見た。いつもは意見がぶつかるのに、今日は違う。強がりがほどけると、みんな同じ不安を抱えていたのだとわかる。 店の奥では、店長が雨粒のついたガラス戸を拭いている。静かな店内に、ラジオの小さな天気予報が流れた。午後には少し弱まるらしい。店長は売り場を見回し、何かを考えるように木箱の位置を少しだけ変えた。 「ねえ」 トマトが小さく言った。 「売れ残るのが怖いって、言ってもいいのかな」 大根はまっすぐ前を見たまま答える。 「言えばいい。黙っていたら、余計に重くなる」 じゃがいもは、いつものように軽くはぐらかさなかった。 「ぼくも怖い。けど、怖いってわかったら、次にどう並ぶか考えられる」 雨音が少しだけ遠のいた気がした。店先の静けさはまだ続いているのに、そこにはもう、閉じこめられた沈黙だけではない何かがあった。互いの不安を知ったことで、野菜たちは初めて、自分だけが取り残されているわけではないと知る。 そのとき、入口の鈴がかすかに鳴った。遠慮がちな足音が一つ、雨を連れて店へ近づいてくる。トマトがぱっと顔を上げ、大根が背を伸ばし、じゃがいもが静かに前へ転がった。まだ客は見えない。それでも、長い雨の中で生まれた小さな声は、次の瞬間を迎える準備になっていた。
八百屋の野菜たち
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