エラベノベル堂

八百屋の野菜たち

全年齢

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7章 / 全10

雨が三日続いた朝の延長線で、店先はまだ薄暗かった。補充用の段ボールが二つ、店長の足元に置かれる。中身は朝市で仕入れた新顔たちだ。ところが店長が奥へ追加の荷を取りに向かった、そのわずかな間に、風で箱の札がひっくり返り、さらに足元の箱がするりと入れ替わってしまった。 「待ってくれ、こっちは葉物の箱じゃないぞ」 大根が最初に気づく。だが、もう遅い。予定していた陳列はぐらりと崩れ、ほうれん草の上に玉ねぎの札が乗り、にんじんの列にかぼちゃの丸い影が紛れ込んだ。 トマトが目を見開く。 「なんでぼくの前に、そんなに大きい子がいるの」 じゃがいもは箱の奥でころりと一回転した。 「たぶん、ぼくらが一緒に見えてるんだよ。悪くないかもしれない」 そんな中、これまで目立たない場所にいた玉ねぎが、乾いた声でぽつりと言った。 「並べ方を元に戻すより、先に見え方を変えたほうが早いかもしれない」 みんなが一斉に黙る。玉ねぎは普段、泣かせる役だの、脇役だのと言われがちで、前に出ることは少ない。けれど今は、その落ち着きが妙に頼もしかった。 「どういうこと?」 トマトが身を乗り出す。 玉ねぎは濡れた外気を見やった。雨で客足が鈍るなら、入口でひと目でわかる案内が要る。切り花のような飾りより、料理の流れが想像できる並びだ。そこから先は、買う人の暮らしに寄り添うだけでいい。 「葉物は上、根菜は下。彩りが欲しいなら、赤いトマトを真ん中に置く。ぼくは、その手前で料理の土台になる役を見せるんだ」 店長が戻ってきたとき、売り場はまだ混乱の途中だった。だが玉ねぎの言葉を聞くと、すぐに手を動かし始める。大根は整列の要に、トマトは目印に、じゃがいもは奥の補充に回る。玉ねぎは前列の片隅で、控えめながら確かな存在感を放った。 その配置は、最初に予定していたものと違っていた。けれど、見た客が思わず足を止める。雨の日の鍋物、簡単な炒め物、温かいスープ。次々と暮らしの景色が浮かび、かごの中に手が伸びた。 トマトが小さく息をのむ。 「目立つって、前に出ることだけじゃないんだね」 大根も静かにうなずいた。 「流れを作るのは、意外な場所にいる者かもしれない」 玉ねぎは少しだけ沈黙し、それからかすかに笑ったように見えた。 「誰かが崩したなら、誰かが意味をつけ直せばいい。それだけだよ」 雨脚はまだ強かったが、店先には急に温度が戻った。崩れたはずの陳列は、いつのまにか新しい並びになっている。しかもそれは、予定よりずっと使いやすく、見た目にもきれいだった。店長は感心したように札を差し替え、最後に玉ねぎの前へ小さく手書きの札を置く。 煮ると甘みが出る。 その短い言葉に、玉ねぎは何も言わなかった。けれど、雨の日の店先で、誰よりも静かに流れを変えたのは確かだった。

7章 / 全10

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