夜の巡回は、昼間よりも音がよく響いた。機械の唸りも、換気扇の低い回転も、暗い通路では妙に生々しい。ひなたは懐中電灯を手に、倉庫の外周を確かめるふりをしながら、足音を殺して奥へ進んだ。秘密の搬入口を見つけてから、誰かがそこを行き来した形跡がある。床に残る薄い擦れ跡が、さっきまでの静けさを裏切っていた。 奥の区画に入った瞬間、かすかなうめき声がした。ひなたは息を止め、棚の影から覗き込む。資材用の麻ひもで椅子に縛られた男が一人、口元を布で塞がれていた。顔色は悪いが、目は生きている。何かを告発しようとして、ここに閉じ込められたのだと、ひなたはすぐに悟った。 彼女は素早く近づき、結び目に指をかけた。だが、その手が触れるより先に、背後で床が鳴った。 「動くな」 低い声が、知っているようで知らない温度で落ちてくる。振り向くと、作業着姿の男が立っていた。昼間、ひなたに軽く声をかけ、面倒見のいい顔をしていた人物だ。今はその表情だけが残り、目の奥が冷えている。 「おまえ、ずいぶん見て回るな」 ひなたは手を止めたまま、相手の視線を受けた。味方のふりをして近づき、様子を探っていたのは向こうだった。背後では、別の足音が複数、ゆっくりと集まり始めている。 「誤解です。迷っただけで」 「その割には、よく当たる」 男の指先がわずかに動き、懐から小さな警報器が覗く。鳴らされれば終わる。ひなたは一歩も下がらず、相手の呼吸と肩のこわばりに集中した。能力を細く伸ばす。強く揺らすのではない。ただ、判断の芯を少しだけずらす。 男の眉がひそむ。迷いが一筋、視線に差した。 「待て、こいつを先に——」 その言葉が途中で途切れた。ひなたは一気に前へ出て、男の手首を払う。金属音が棚の間に落ち、続いてひもが切れる音がした。拘束を解かれた男は、ふらつきながらも地面に転がる。 「走れるなら、出口まで!」 ひなたの声に、告発者らしき男がうなずく。次の瞬間、倉庫の奥で何かが激しく叩かれた。扉が閉まる音、短い怒声、そして遠くから一斉に走り出す足音が重なる。工場全体に、警戒の気配が広がっていく。 ひなたは告発者の肩を支え、棚の影を抜けた。もはや調査ではない。捕まれば終わる逃走劇だ。明かりが一つ、また一つと点き、暗闇が狭まっていく。彼女は振り返らず、ただ出口の方向だけを見据えた。
白衣の潜入捜査官
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