エラベノベル堂

白衣の潜入捜査官

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8章 / 全10

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封鎖された区画の奥で、ひなたは壊れた非常灯の赤い明滅を見上げた。工場の鳴動はまだ続いている。だが、その騒ぎの芯にいるのは、現場の男たちではないと、もうわかっていた。 点検通路の壁際に、ひなたは倒れた端末を拾い上げる。さきほど一瞬だけ復帰した回線の断片を追うと、保留されていた名義が浮かび上がった。表向きは取引先。帳簿では穏やかな卸先。だが実際には、ここへ資材を流し、利益を吸い上げ、切り捨ての合図まで出していた企業幹部のものだった。 「やっぱり、あなたか」 誰に聞かせるでもない小さな声が、喉の奥で乾く。工場を守る顔をしながら、必要になれば丸ごと燃やすつもりだったのだ。証拠が残るより先に、現場ごと消す。それが最も手早い隠滅だ。 遠くで、重い機械が軋む音がした。どこかの区画が自動で止められ、別の区画は逆に火を噴くように暴れている。黒幕は証拠も人もまとめて切り捨てる気なのだと、ひなたは悟った。残った最後のデータを回収しなければ、ここで終わる。 彼女は危険区域へ踏み込んだ。熱を帯びた空気が肌を刺し、床の振動が足裏から伝わってくる。制御盤の脇に半ば焼けた記録媒体が転がっていた。ひなたはしゃがみ込み、火花を避けながら端末を接続する。画面には読み出し不能の警告がいくつも並び、指先が急かされる。 「急いで、急いで」 自分に言い聞かせるたび、背後の足音が近づいた。 追ってきた警備員たちが通路の向こうで立ち止まる。ひなたは振り向かず、能力を限界まで広げた。怒りと焦燥と不安が、見えない波になって周囲へ滲む。相手の眉がわずかに揺れ、視線が定まらない。判断の芯が鈍る。ほんの数秒でいい、その遅れがあれば足りる。 ひなたは記録媒体を引き抜き、胸元に押し込んだ。次の瞬間、天井の配管が唸って、白い蒸気が一気に噴き出す。視界が白く曇り、熱と音が混ざって輪郭を失った。 「こっちだ、止めろ」 誰かが叫ぶ。だが、その声はもう遠い。 ひなたは低く身をかがめ、隔壁の隙間へ滑り込んだ。封鎖の扉が背後で落ちる直前、最後に見えたのは、判断を失ったまま立ち尽くす男たちの影だった。 外気に触れたとき、彼女はようやく息を吐いた。膝が震える。だが胸元のデータは、まだ無事だ。工場の赤い光は背後で小さくなり、夜の闇に溶けていく。ひなたは一度だけ振り返り、握りしめた記録媒体の重みを確かめた。これで終わりではない。けれど、少なくとも今夜は、奪われなかった。

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