事件は夜明け前に一気に動いた。工場を押さえるために集まった捜査員たちの影が、赤い回転灯に揺れている。ひなたは現場の騒がしさから少し離れた廊下で、胸元に収めた記録媒体を確かめた。あの熱の中で守り抜いたデータが、今は確かな重みになっている。 検証室では、回収された証拠の照合が進んでいた。幹部たちの身柄は次々と確保され、組織は事実上の壊滅へ向かう。ひなたはその報告を聞いても、妙な達成感より先に、ひやりとした空白を覚えた。倒れたはずの工場の事件は片づきつつあるのに、まだ何かが残っている気がしたからだ。 それは、古い保管棚の奥から見つかった一枚の記録だった。黄ばんだ紙に、彼女の名前と能力の反応傾向が、実験結果のように淡々と並んでいる。感情の揺れ幅、集中の逸れ方、潜入時の適性。数字の端には、見知らぬ計画名が薄く印字されていた。任務の候補者ではない。鍵として扱う、という文言まである。 ひなたは紙を持つ指先に力を込めた。自分が追っていたのは、ただの違法組織ではなかったのかもしれない。もっと前から、もっと上の誰かが、彼女をこの場所へ通すために道を敷いていた。学生のふりをして、雑用係として潜り込んで、感情を揺らして近づく。その全てが、最初から想定されていたように見える。 けれど、立ち止まるわけにはいかない。ひなたは静かに息を吐き、白衣を手に取った。冷えた布地のしわを伸ばし、襟元を整える。任務は終わっていない。次に潜る場所がどこであれ、今の自分はもう怯えるだけの新人ではない。彼女は鏡の中の自分を見返し、表情を引き締めた。 誰かに決められた鍵でも、使い方を選ぶのは自分だ。ひなたは白衣のボタンを留め、次の現場へ向かう準備を整えた。
白衣の潜入捜査官
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