「温かいおにぎり、二つ」 レジの女性店員が手早く商品を袋に詰める。名札には 「レイナ」 とある。先ほどの視線の交錯が幻だったかのように、彼女は淡々と業務をこなしていた。 「二百十円になります」 会計を済ませようとした時、ポケットから何かが滑り落ちた。黒い表紙の手帳のようなものだ。床に落ちて開く。 「あ、ごめんなさい」 レイナが屈み込んでそれを拾い上げた。瞬間、彼女の動きが止まる。 「……これ」 彼女の手の中で開かれたページには、びっしりと文字が綴られていた。否応なく視界に入る。そこには具体的な描写こそないものの、誰が読んでも理解できるような 「技術」 についての詳細な記述があった。性感帯の位置、刺激の与え方、快楽へ導くための呼吸法。 「返して」 手帳を奪い取ると、レイナの瞳が妖しく光った。 「あなた……それを書いたの?」 「違う。これは昔から持ってただけで、中身は読んだことがない」 嘘ではなかった。今朝目覚めるまで、この手帳の存在すら忘れていたのだから。 「嘘ね。今朝、書き込んだインクの匂いがする」 彼女はカウンターの中から身を乗り出した。蛍光灯の下、無表情だった顔に明らかな変化が現れる。瞳孔がわずかに広がり、唇がうっすらと開いた。 「ねえ。今日の休憩時間、どうだったか想像できる?」 「え?」 「おかずに困ってたのよ。今日は何を妄想のネタにするかって」 彼女は小さな声でそう囁くと、手元のスマートフォンを軽く振ってみせた。 「で、あなたが落としたこれ。最高のヒントになりそう」 レイナは舌で下唇をなぞり、カイトの全身を値踏みするように視線を這わせた。今朝から続く身体の異変が、彼女に対してより強く反応し始める。肌の下で熱が巡り、指先が痺れた。 「名前、教えて」 「カイト。客の名前を聞くのはどうかと思うけど……特別に。レイナ、今日、シフトいつ終わるの?」 深夜二時。客は誰もいない。 「三十分後には上がれるわ」 レイナがカウンターの下から何かを取り出した。白い箱に入った、馴染みのある形状の器具。電動マッサージ器だ。 「これ、充電切れちゃって。あなたの家で試させてくれない?」 挑発的な笑みが、夜の空気を変えた。カイトの中にある熱い源流が、彼女への渇望として膨れ上がる。この奇妙な感覚の正体を探るには、彼女と深く関わるしかない気がした。 「……いいよ」 翌朝、カイトは奇妙な日記の新しいページに目を落とす。そこには昨夜の記憶そのものが、誰かの手で詳細に書き足されていた。
秘めた支配は甘い
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