エラベノベル堂

吹き出す本音、未来を変える

全年齢

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6章 / 全10

翌朝、俺たちはまだ客の少ない工業地帯の外れにいた。地図に赤く示された場所は、使われなくなった倉庫街だった。錆びたシャッターが並ぶ路地の先で、黒いパーカーの男が一人、待ち構えている。古い眼鏡の奥の目は、昨夜よりもずっと疲れて見えた。 「来ると思ってた」 そう口にした瞬間、俺の頭の上に吹き出しが浮かぶ。 「思ってた、って顔じゃないだろ」 男の眉がぴくりと動いた。俺はその変化を見逃さなかった。吹き出しは、俺の本音だけじゃない。相手の揺れまで、勝手に拾っている。妹もそれに気づいたらしく、俺の背後で小さく息をのんだ。 「あなた、今、相手の感情も読めるの?」 「たぶん」 俺が答えるより早く、男の頭上にも白い枠が浮かんだ。 「まずい、向こうも見えてる」 文字が見えた途端、空気が一変した。男は舌打ちし、倉庫の扉を蹴るようにして開けた。中には数人、無言で立つ影がある。その全員の頭上に、同じような吹き出しが浮かんでいた。しかも、そこに並ぶ言葉はひどく率直だった。 「失敗したら終わりだ」 「まだ間に合うはず」 「誰が言い出したんだ」 互いの思考が丸見えになったせいで、連中の統率は一気に崩れた。怒り、焦り、疑念が次々と文字になって空中でぶつかり合う。妹が俺の袖を引いた。 「今よ。混乱してる」 俺はこけしとマッサージ機を両手に抱え、昨夜までに見つけた底の紋様と、機械の振動の拍を必死に重ねた。すると、こけしの内部で乾いた音が鳴り、木目の奥から細い光の筋が走る。目の前に広がったのは、倉庫の配置ではなく、ここへ至るまでの幾つもの選択だった。 「これだ」 俺は思わず叫んだ。吹き出しが大きく膨らむ。 「今なら、流れを変えられる」 その文に引きずられるように、俺は自分の恐怖を逆手に取った。敵がこちらの思考を読めるなら、読ませたい言葉を出せばいい。わざと弱気を浮かべ、逃げるふりをする。すると相手は動揺し、予測を外した。 「怯えてる」 「いや、誘ってるぞ」 吹き出しが飛び交うたび、敵同士の疑心は膨らんだ。男の顔色が変わる。彼の頭上の文字には、はっきりと別の名前が浮かんでいた。 「上が隠してる」 妹が目を見開く。 「やっぱり。あいつらの全部が黒幕じゃない」 男は苦い顔でこちらを見た。 「俺たちも、使い捨てだった」 その瞬間、倉庫の奥の暗がりで、別の吹き出しが静かに光った。誰のものでもない、冷たい文だった。 「記憶は、まだ開いていない」 背筋が凍る。だが同時に、こけしの底が熱を帯び、眠っていた気配が目を覚ますように脈打った。俺は確信した。戦う相手は目の前の連中だけじゃない。もっと深い場所で、誰かがこの混乱を見届けている。 逃げ場のない空間で、吹き出しだけが次々と真実を暴いていく。俺は震える手でペンを握りしめた。もう、隠される側には戻らない。見えてしまうなら、見えたままを武器にするしかない。

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