町の空気が、少しずつずれていくのが分かった。朝の駅前で聞こえた会話が、昼には別の内容にすり替わっている。昨日、あそこで転んだはずの生徒は、今日は最初からいなかったことになっていた。そんな細かな食い違いが、町のあちこちで泡のように浮かんでは消えた。 僕はその違和感を追って、義理の妹と一緒に商店街の裏へ回った。雨上がりの路地には、甘ったるい匂いが残っている。側溝のふたの隙間に、透明な液が乾いた跡がこびりついていた。指先で触れると、薄い膜のようにぬるりと伸びる。 「これ、薬みたい」 妹が眉をひそめる。僕も同じことを思った。だけど、ただの薬じゃない。飲んだ者の感覚だけを妙にぼかし、見たものを別の記憶へ滑らせる何かだ。 曲がり角の先で、数人の同級生が立ち止まっていた。彼らは同じ方向を見ているのに、誰か一人が話した内容を、次の瞬間には全員が思い出せない顔をする。まるで時間の継ぎ目がほどけているみたいだった。僕は息を潜め、近くの自動販売機の影から様子をうかがう。 そのうちの一人が、ポケットから小瓶を取り出した。中の液体は、昼の光を受けて淡く揺れるだけで、妙に冷たい印象を残す。彼は何気ないふりでその小瓶を振り、空気に匂いを散らした。次の瞬間、近くを通った配達員が立ち止まり、何かを忘れたように頭をかいた。 僕の背中に、ぞわりと熱が走った。あの夜から感じていた内側の力が、薬の気配に反応している。耳の奥で、ラジオの雑音に似たざらつきが鳴った。 「こっち」 妹が袖を引く。彼女も、ただの偶然ではないと気づいている顔だった。僕たちは路地を抜け、使われていない自転車置き場の陰に身を潜めた。 「記憶を乱してる。時間を止める連中が、何か隠すために使ってるんだ」 僕が言うと、妹は短く頷いた。 「しかも、ここだけじゃない。さっき資料館で見た寄付名、覚えてる? キャプテンの名前、あそこにもあった」 その言葉で、背筋が冷えた。彼はただ噂の中心にいるだけじゃない。予言書を利用し、町のあちこちに手を伸ばしている。封印具を巡る動きも、儀式の準備の一部だったのだろう。壊すためではなく、何かを呼び出すために。 夕方、僕らは学校裏の古い掲示板の前で立ち止まった。紙の端に、見覚えのある印が薄く押されている。王家の紋章に似たそれは、意図的に隠す気のない合図だった。まるで僕に見つけてほしいとでも言うように。 「来るつもりだね」 妹が言った。 「うん」 自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。怖くないわけじゃない。それでも、もう曖昧な異常に振り回されるだけでは終われない。 キャプテンが何を企んでいようと、予言書が何を書いていようと、僕は正面から向き合うしかない。逃げていた僕の背中に、ようやく自分の影が追いついた気がした。 その夜、ラジオは珍しく静かだった。雑音の底で、ただ一度だけ声がした。 「選ぶのは、まだ遅くない」 僕は受信機を見つめたまま、深く息を吸った。明日、彼の前へ行く。僕は、そう決めた。
深夜ラジオの予言
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