旧水路の蓋は、夜のあいだにだけ姿を変えるらしかった。町外れの崩れた階段を降りると、湿った石壁の向こうに、かすかな灯りが滲んでいる。僕と義理の妹は息を殺し、錆びた鉄扉の前で立ち止まった。扉には王家の紋章に似た印が刻まれていて、指でなぞると冷たさの奥に、細い振動が伝わってきた。 「ここだね」 妹が囁く。 「うん。でも、中にいる」 僕は耳を澄ませた。遠くで、規則正しい足音が響く。止まる。揃う。また進む。時間そのものを押し込めたみたいな、不自然な間合いだった。 扉の隙間から滑り込むと、そこは学校の地下倉庫を無理やり広げたような空間だった。蛍光灯の白さに照らされた床には、椅子や机が整列して置かれ、まるで教室の続きを別の世界で作り直したみたいだった。その中央で、時間停止の能力を持つ同級生たちが無言で立っている。彼らの目は虚ろではなく、むしろ妙に澄んでいた。止めているのは時間だけではない。迷いも、痛みも、少しずつ切り離されている。 奥の高台に、キャプテンがいた。制服の襟元を正し、王様のように椅子へもたれかかっている。噂通りの裏世界の帝王。その笑みは、勝った者の余裕ではなく、最初から壊れるものを眺める者の顔だった。 「来たか」 声は静かだった。けれど背筋に刺さる冷たさがあった。 「予言書を読んだだろう。あれは救いじゃない。世界は一度、正しく壊れなければならない。そのために扉が開く」 僕は息を呑んだ。彼の手元には、あの古い書物があった。ページは何枚も破られ、都合のいい一節だけが赤い糸で留められている。 「そこまでの意味じゃない」 僕が言うと、彼は薄く笑った。 「意味は読む者が決める。俺は終わりを選ぶだけだ」 その瞬間、妹が僕の袖を強く引いた。彼女は高台の横、古い配管の陰を指さしている。そこに、封印具の一部らしい細い輪が吊られていた。近づけば、手首の奥が熱くなるのがわかる。 「今なら届く」 彼女の声は震えていたが、目は逸らさなかった。 僕はゆっくり輪へ手を伸ばし、自分の内側で鳴る何かに意識を向けた。止まった時間の圧に抗うのではなく、隙間を見つける。呼吸をひとつ、深く落とす。すると、胸の奥の扉がきしみながら開き、熱い流れが腕へ通った。 凍りついたはずの空気に、一本の細い糸が通る。世界は完全には止まっていなかった。止める側が無理に押し固めていただけで、その継ぎ目はわずかに軋んでいる。 「今だ」 僕が叫ぶと、妹が床を蹴って走った。彼女の手が輪を掴んだ瞬間、周囲の停止がひび割れる。机の脚が鳴り、蛍光灯が瞬いた。キャプテンの顔から余裕が消える。 「馬鹿な」 「止められるのは、時間だけじゃない」 僕は自分でも驚くほどはっきりした声で言った。予言書の言葉が脳裏をよぎる。選ばれし者は、災いを選び直す。破滅を起こすためじゃない。止める側が見落とした、やり直しの条件。 キャプテンが手を振り上げると、周囲の空気が再び重く沈んだ。だが、その沈黙は長続きしない。妹が封印具を掲げたことで、僕の中の力は形を持ち始め、止められた世界へ逆らう波となって広がっていく。閉ざされた地下で、僕たちは初めて、勝つためではなく終わらせないために動き出した。
深夜ラジオの予言
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