封印具は、ただ古い倉に眠っているものだと思っていた。けれど、義理の妹が僕を導いた先は、旧水路のさらに奥、石壁の隙間に隠された小さな祠だった。水音は遠く、そこだけが町の呼吸から切り離されたみたいに静かだった。 「ここまで来れば、あいつらもすぐには追えない」 彼女はそう言ってから、わずかに唇を噛んだ。危険だと分かっている顔だった。それでも引き返す気はないのだと、僕にはわかった。 祠の扉に触れた瞬間、手首の奥が熱く跳ねた。中には輪の形をした金属片と、細い鍵のような器具が納められていた。どちらも、見た目はひどく簡素なのに、近づくだけで胸の奥を揺らす。僕が息を呑むと、妹は静かに言った。 「これが、本当の所在。資料館の写しは半分だけだった」 僕は輪を手に取った。指先に流れ込んでくるのは、冷たさではなく、途方もない静けさだった。目を閉じると、あの雑音が遠ざかり、代わりに自分の内側で脈打つものの形が、少しだけ見えた気がした。力を押し込めるのではなく、呼吸に合わせて巡らせる。抑えつければ暴れる。けれど、流れを読むように扱えば、波は刃にならない。僕は祠の床に膝をつき、震える肩を落ち着けた。 すると、頭の奥で何かがきしんだ。昨日まで覚えていたはずの、ささやかな記憶がいくつか、薄い紙みたいに剥がれていく。朝の味噌汁の匂い。妹が髪を結び直していた手つき。雨の日に傘を貸してくれた誰かの顔。輪郭はあるのに、名前だけが抜け落ちていく。 「……忘れてる」 僕は声を漏らした。 妹の表情が一瞬だけ揺れる。彼女は何か言いかけ、けれどすぐに首を振った。 「代わりに覚えるんだよ。今ここで、何を守りたいのか」 その言葉で、胸の奥に沈んでいたものが静かに浮かび上がった。僕はずっと、傷つくのが怖かっただけじゃない。誰かに見られるのも、必要とされるのも怖かった。だから夜のラジオに逃げていた。でも今、失われていく記憶の底から、たったひとつだけ消えてほしくない輪郭が残っている。隣に立つこの人を、もう二度とひとりにしないという思いだった。 祠の外で、乾いた足音がいくつも重なった。追ってきたのだ。妹が身構える。 「行ける?」 僕は頷いた。忘れたくないものを抱えたままでも、前へ進める。そう思えたのは初めてだった。 手の中の封印具が、かすかに熱を帯びる。失った記憶の穴から風が吹いても、守る理由だけはまだ消えていない。僕は立ち上がり、扉の向こうへ向かった。
深夜ラジオの予言
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