エラベノベル堂

深夜香る再生の扉

全年齢

小説ID: cmnrhrcts000401rmay4wthb5

2章 / 全10

翌晩、コンビニの裏口で待っていた店員は、客に見せる顔よりずっと静かだった。白い手袋の上から、古びた封筒を差し出す。その紙は黄ばんでいて、角が何度も折り返された跡があった。 「これを、久世さんに」 受け取ると、封の端に細い文字が刻まれているのが見えた。意味の分からない音の連なりだったが、目を離せない。店員は周囲を確かめるように一度だけ振り返り、低い声で続けた。 「祖先の遺品に紛れていたものです。災厄に関わる合図だと思ってください。軽く扱ってはいけません」 「災厄って、なんだよ」 「今は、まだ言えません」 答えは曖昧だったのに、その瞳だけは逃げなかった。俺は封筒を握りしめたまま、妙に腹の底がざわつくのを感じた。危険だと言われるほど、そこに何があるのか確かめたくなる。そういう癖を、俺は金で片づけられると思って生きてきたのかもしれない。 翌日、俺は知り合いの伝手を使って古い家系の記録を洗い始めた。電話をかけ、資料を取り寄せ、専門家と名のつく人間に会い、必要だと思えば迷わず金を出した。だが集まってくる話は、どれも肝心なところで形を変える。口伝、封印、鍵、誓約。どれも輪郭が曖昧で、なのに妙に重い。 そんな調査の途中で、違和感が生まれた。 相談した相手が、さっきまで渋い顔をしていたのに、急に声を和らげる。初対面の編集者が、理由もなく親切になる。店のアルバイトまで、俺にだけやけに丁寧に接してくる。最初は金の力だと思った。だが、違った。俺が息を吐いたあと、皆の肩から緊張が抜けている。 気づいたとき、手のひらが汗ばんだ。 俺の匂いが、誰かの判断をゆっくり曇らせている。 好意とも違う。命令とも違う。だが、近くにいる人間の輪郭を、やわらかく塗り替えてしまう。怖かった。けれど同時に、妙に納得もしていた。あの日から続いていた静かな変化の正体は、俺自身だったのだ。 夜、再び店を訪れると、店員は最初から分かっていたように封筒を見つめた。 「読みましたか」 「読んだ。意味は分からない。でも、あんたは何か知ってる」 「知っているというより、継ぐ立場です」 その言い方はひどく乾いていた。俺が問い返すより先に、彼は一歩近づく。 「久世さん。あなたの香りは、ただの変化ではありません。災厄を避けるための反応です。だからこそ、周囲を落ち着かせる」 胸がざわついた。救いみたいな響きなのに、同時に檻のようでもある。俺は封筒の中の文字を指でなぞり、初めて、自分の力が厄介なものだと認めた。 けれど不思議と、怖さだけではなかった。知らない世界の扉が、もう少しで開く気がしていた。

2章 / 全10

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