祠へ向かう山道は、夜露で黒く濡れていた。健太は車の窓に映る自分の顔を見ないようにしていたが、隣に座る真鍋の横顔は否応なく目に入った。昔の部活で見た、あの迷いのない目だ。だが今は、その奥に擦り切れた色がある。 「戻れ。まだ間に合う」 真鍋が口にしたのは、健太に向けた言葉ではなかった。自分自身を引き留める声だった。彼は鍵の継承者として、封印の仕組みを守る責務を背負ってきた。けれど守るほどに、閉じ込められた力の悲鳴が胸を削る。解けば世界が崩れる。だがこのままなら、いずれ内側から裂ける。真鍋はその狭間で、ついに危険な決断へ傾いていた。 祠の前には、組の古参たちが待ち構えていた。いや、待っていたのは古参の顔をした裏切り者だった。彼らは拘束具の設計を外へ流し、催眠の一派と手を組み、力を解放させた混乱に乗じて組そのものを塗り替えるつもりだった。健太の胸の奥で、もう一人の声が冷たく笑う。 だから言っただろう 健太は歯を食いしばった。表の自分は震えている。対立を避けたい、誰も傷つけたくない、ただ話せば分かると思いたい。だが相手は、そんな迷いを食い物にする連中だった。目の前で真鍋が断片を掲げる。空気がきしみ、見えない扉が開きかける。 「やめろ、真鍋」 「止めるな。俺が閉じれば、あれはいつか俺ごと割れる」 声がぶつかる。かつてのキャプテンは、世界を守るために壊す側へ踏み出そうとしていた。健太はその覚悟に怯えながらも、逃げるわけにはいかなかった。自分の中のもう一人は、すでに敵の首筋を狙っている。だが健太は、その鋭さだけを借りる気にはなれなかった。 「お前は、壊したいだけじゃないだろ」 その一言で、真鍋の肩がわずかに揺れた。健太は続ける。封印は誰かを縛るためだけのものじゃない。暴走を抑え、戻れる形を残すためのものだ。拘束具がそうだったように、守るための仕組みは必ずある。問題は、守る側がそれを信じられるかどうかだ。 裏切り者が動いた瞬間、健太の中の冷たい声が先に反応した。けれど次に動いたのは、怖がりの健太だった。二つの呼吸が重なり、ひとつの足が前へ出る。真鍋もまた、断片を握り直した。 「壊すんじゃない。閉じ直す」 その決断は、怒号のような派手さはなかった。けれど、祠の奥で膨れかけていた圧が、ふっと行き場を変える。健太はそこで悟った。対立を避けられなかったのではない。対立の中でしか、互いの欠けた部分は見えなかったのだと。闇の先に、予定されていない朝が差し込もうとしていた。
二つの心を束ねて
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