エラベノベル堂

二つの心を束ねて

全年齢

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9章 / 全10

裏切りは、いつも音もなく始まる。 朝の会議室に集めた名簿のページが、健太の指先の下で妙に軽かった。抜け落ちていたのは数字ではない。人の名前だった。昨夜のうちに消えた二名は、古参の男に呼び出され、そのまま戻っていない。残された者たちは互いの顔色をうかがい、息を殺していた。怒りと恐怖が同じ皿に盛られている。健太の体質は、その匂いをありありと拾ってしまう。 「誰が持ち出した」 低く言うと、部屋の隅で誰かが肩を震わせた。答えはすぐには出ない。出ないまま、机の上に一本の端末が放られる。画面には、裏切り者が外部へ送った映像が残っていた。拘束具の設計、祠の位置、催眠の一派との接触記録。全部が揃っている。組を食い物にするための材料だった。 健太は息を吸った。表の自分なら、まだ誰かを信じたいと願っただろう。だが今は違う。守るべきものは増え、迷いの余地は減っていた。切り捨てるべき者がいる。そう理解した途端、胸の奥の冷たい声が静かに起き上がる。 それでいい 「二人を連れ戻す。だが、首謀者は逃がさない」 言い切った瞬間、部屋の空気が変わった。賛成の気配と、怯えが半々に混ざる。健太はそれを振り切り、車で街外れの倉庫へ向かった。そこでは、消えた二名が拘束され、裏切り者たちの前に座らされていた。助けるべき者と、見捨てるべき者。その境目が、目の前で露骨に示される。 真鍋からも連絡が入る。祠の封印が揺らいでいる。こちらが遅れれば、世界の均衡そのものが崩れる。健太は画面を見つめ、ふいに笑いそうになった。助けを待つ二人と、世界を守る一人。全部を同時に抱えろというのか。だが、もう引き返せない。 倉庫の奥で、古参の男が言った。 「頭なら選べ。情けで組は死ぬ」 健太はその言葉を聞きながら、自分の中の二つの呼吸を重ねた。怖がる自分は、人を見捨てたくないと言う。冷たい自分は、ここで止めなければもっと多くが壊れると言う。どちらも間違っていない。 だからこそ、選ぶ。 健太は助けるべき二人へ目を向け、次に首謀者へ視線を移した。人を守るためなら、血の代わりに秩序を断つことも必要だ。そう決めた瞬間、足元の空気がすっと澄んだ。表と裏の境目で揺れていた自分が、ようやく一歩だけ前へ出た気がした。

9章 / 全10

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