エラベノベル堂

激辛カレーと予知の先輩

全年齢

小説ID: cmnscu3az000o01qaapfjrw17

3章 / 全10

カフェの奥まった席で、先輩はメニューを開いたまま、まるで雑談の続きをするみたいに言った。 「今日はお使い。断る理由がなければ、付き合って」 「お使い、ですか」 「うん。辛いものが好きだろうって話になってね」 私は目を瞬いた。好きだといっても、せいぜい市販の辛口を平気で食べる程度だ。先輩はそれ以上を言わず、砂糖の小袋を指で弾いた。 「向こうは合図を好む。言葉より、味のほうが誤魔化しにくいから」 その説明はますます意味がわからないのに、先輩の声には妙な説得力があった。私は結局、訳のわからないまま頷いてしまう。 午後の人通りの多い商店街で、私は紙袋を受け取った。中身は、見た目だけならどこにでもあるカレーのセットだった。だが、封の端には小さく印があり、先輩はそれを見せるなり私の手を軽く叩いた。 「これを、駅前の喫茶店へ。あとは相手が受け取る」 「相手って、誰ですか」 「会えばわかる」 「わからなかったら」 「わからないふりをして。君はそういう顔ができる」 私は反論しかけて、やめた。できるできないではなく、先輩は私に何をさせたいのかを知っている。そう思った瞬間、背筋が冷たくなった。 喫茶店の前に立つと、外の看板から甘い香りが流れていた。店内に入ると、窓際の席にいる男がこちらを見た。年齢は私より少し上に見える。何も知らない客を装っているが、視線は妙に落ち着かない。私は言われた通り、紙袋をテーブルに置いた。 「これです」 男は私を一瞥し、次に袋を見た。封を切ると、途端に顔がわずかに引きつる。中にあったのは、ただのカレーではなかった。小さな容器と、一枚の紙。そこには短い言葉だけが印字されている。戻るなら今。 男は私の顔を見て、息を呑んだ。 「君が、あの人の連絡役か」 「あの人?」 「惚けないでくれ。激辛を運ぶ役は、選ばれた側だ」 私は困惑した。食べ物を届けただけのつもりだったのに、どうしてそれが選別になるのか。すると男は、紙袋の底を指で押し、もう一つの印を示した。そこには、先輩の名前に似た、しかし少しだけ違う記号があった。 「これは合図だ。受け取る側が席を立てば、会談は始まる。君が来たことで、向こうはもう逃げられない」 そのとき、窓の外を人影が横切った。振り向くと、制服姿の配達員が何気なく通り過ぎていく。だが男の顔色はさっと変わった。 「まずい、予定より早い」 「何がですか」 「君は知らないほうがいい」 知らないほうがいい、という言葉ほど、知りたくなるものはない。私は紙袋を抱えたまま立ち尽くした。単なるお使いのはずが、誰かの合図になり、誰かを動かし、誰かを追い詰める。先輩は最初からそれを見越していたのだろうか。 男は私に小さく頭を下げた。 「悪いが、君はもう巻き込まれた。次は、辛さに耐えられるか試される」 その言葉の意味を聞き返す前に、店内の空気が変わった。私は紙袋の重みを握りしめる。食べ物ひとつで世界が動くなんて、そんな馬鹿なと思うのに、目の前の現実は私の否定を待ってくれなかった。

3章 / 全10

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