翌朝の訓練場は、昨夜の騒ぎが嘘のように静かだった。だがその静けさは、整った平穏ではなく、息を潜めているだけの沈黙に近い。対策委員会の面々が集まる前に、黒いコートの男はすでに中央に立っていた。 「昨日の続きだ」 千尋が眉をひそめる。 「続きって、何のですか。あなたのやり方は強引すぎます。私たちは委員会であって、あなたの部下ではありません」 男はそれを否定しなかった。ただ、床に置かれた木箱を指先で叩いた。中身は避難用の通信器具、遮蔽物、簡易灯。どれも学園の備品だった。 「昨日の失敗を数えろ。三班に分かれて模擬回収。制限時間は十分。ひとつでも欠けたら全員やり直しだ」 「そんなの無理です」 「無理だと思うなら、誰かが倒れたときに口だけで助ける気か」 その一言で、空気が刺々しくなった。梓が先に食ってかかる。 「言われなくてもやります。でも、私たちには私たちのやり方があります」 「あるなら見せろ」 開始の合図もなく、訓練は始まった。最初の班は連携が噛み合わず、道具の受け渡しで手間取り、二番手は焦って動きすぎて視界を失った。沙耶が小さく舌打ちする。 「前が見えてない。私が先に行く」 「違う」 男の声が飛ぶ。 「お前は先に行くな。後ろが崩れたら、全部折れる」 沙耶は反射的に止まり、悔しそうに唇を噛んだ。自分が無茶で押し切るしかないと思い込んでいたことを、言い当てられた形だった。 遅れていた彩乃は、器具を抱えたまま立ち尽くしている。千尋が声をかけるが、男は首を振った。 「待つな。役割を渡せ。動けない者には、動ける範囲の仕事がある」 その言葉に、千尋ははっとした。誰かを励ますのでも、叱るのでもなく、ただ居場所を作れと言っている。やがて班ごとの足並みは少しずつ揃い、ぎこちないままでも前へ進めるようになった。 制限時間が切れたころ、男は淡々と結果を告げた。 「合格ではない。だが、昨日よりは生き残れる」 誰も反論できなかった。悔しさはある。だが同時に、胸の奥で熱いものが灯っている。千尋はその火を見つめながら思った。この男はただ厳しいのではない。弱い部分を隠したままでは守れないと、最初から知っているのだ。 「明日はもっと難しくする」 その宣告に、誰かが小さく悲鳴を漏らした。男は初めて、ほんのわずかに口元を緩める。 「安心しろ。お前たちは、まだ壊れていない」
規格外の先生
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