綾音は地下の本部で、怜が並べた監視端末をしばらく見つめていた。薄暗い照明の下で黒い襟元が影を落とし、彼女の輪郭だけが妙に濃い。怜は腕を組んだまま言う。 「説明しろ。お前は何を知ってる」 「全部ではないわ。けれど、あなたが忘れたものの入口なら知っている」 「くだらない」 切り捨てる声は、思ったより硬かった。綾音は肩をすくめ、端末の一つに指を置く。画面に映るのは、学園の夜間巡回ルート。その隅に、怜しか見えていないはずの灰色の歪みが揺れていた。 「これを見ても、まだ偶然だと言う?」 怜は目を細めた。歪みの中心に、細い文字が滲んでいる。解読しようとすると、頭の奥が痛む。見覚えがある。自分の筆跡に似ている。そんな馬鹿な、と思う間に、綾音が小さく息を吐いた。 「あなたが昔、私に渡したものよ。正確には、別の時間のあなたが」 「冗談はやめろ」 「冗談で、こんな回りくどいことをする性格に見える?」 怜は反射的に言い返しかけて、言葉を飲み込んだ。綾音が机の引き出しから取り出したのは、古びた封筒だった。封は切られておらず、表には怜の知らないはずの略号が並んでいる。だが触れた瞬間、脳裏に短い映像が走った。雨の降る屋上。息を切らした自分。泣きそうな顔で封筒を押し返す綾音。そして、誰かを救うには代価がいると告げる、自分の声。 怜は一歩退いた。 「……そんな記憶、ない」 「ないようにされたの。あなた自身で」 綾音の言葉は静かだったが、刃のように鋭い。怜は怒りで胸が熱くなるのを感じた。記憶がないのなら、あると言い切る方が嘘に見える。だが、彼女だけが知っている細部があまりにも多すぎた。机の傷、屋上の手すりの錆び、あの日の昼に怜が嫌いだと言った菓子の匂い。どれも、今の綾音が知るには不自然だった。 「お前が誰であれ、俺を操ろうとしているだけだ」 「そう思いたいならそうしなさい。でも、あなたはもう一度ここへ戻ってくる」 その返答に、怜は唇を噛んだ。信じたくない。だが否定しきれない。自分の空白の輪郭だけが、綾音の言葉に沿って形を持ちはじめていた。 外では、警報のテスト音が遠く鳴った。都市のどこかで、また一人誰かが倒れたのだと直感する。怜は端末を掴み、映像を切り替えた。逃げるようにではなく、確かめるために。 綾音はその横顔を見て、ほんの少しだけ目を伏せた。 「やっと、信じるふりをやめたわね」 「違う。まだ信じてない」 「それでいい」 二人の間に、言い争いとは別の静けさが落ちた。敵意も協力も、同じ線の上で震えている。怜は初めて、彼女を嫌いだと断じるだけでは足りないと知った。失われた過去の真相へ向かう道は、すでに二人で踏み出している。戻れないほど深く、だが不思議なくらい、確かな足取りで。
時軸を継ぐゴスロリ
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