怜が動かした金は、想像以上の速度で形になった。研究者は旧講堂の地下へ集められ、警備組織は校門と周辺道路を封鎖し、都市交通の遅延経路まで書き換えられた。学園を中心に伸びる情報網は、怜の指先ひとつで脈を打つ。報告は自動で整理され、必要な物資は夜明け前に届く。誰もがそれを完璧な支援だと称えた。怜自身さえ、最初のうちはそう信じていた。 だが、力が強すぎるほど、周囲の空気は静かに歪んだ。研究者は怜の指示に従うたび顔を強張らせ、警備員は守る対象を学園に限定することへ疑問を抱き、交通網の担当者は急な変更に追われて目を伏せた。誰も反抗しない。反抗できない。怜が求めれば、たいていのことは叶ってしまうからだった。 その感覚は甘かった。怜は端末越しに都市を見下ろしながら、たしかに酔っていた。すべてを思い通りにできる。欠けた記憶さえ、資金と人脈で埋められる。そう思った瞬間、胸の奥で冷たい不安が膨らんだ。思い通りにしたはずの現場から、誰かの顔がひとつ消えている。さっきまでいたはずの仲間が、報告書の欄からも記憶の端からも薄れていく。 「あなた、気づいてるの」 背後で綾音が言った。今日は黒い外套の下に白い手袋をはめている。まるで喪服のようで、それなのに目だけが生きていた。 「何にだ」 「守るために握りしめるほど、何かを落としてること」 怜は端末を叩いた。画面には都市全域の警備配置、研究班の進捗、搬送車の位置、倒れた生徒たちの一覧が並ぶ。完璧だった。完璧すぎる。なのに空白が増えるたび、誰かの名前を見失うたび、怜は自分の手で檻を広げている気がしてならなかった。 綾音が机の上に古い写真を置く。二人の姿が、今とは違う角度で笑っている。 「あなたは勝ちたいんじゃない。失いたくないだけ」 「違う。失わせたくない」 「同じよ」 その言葉に、怜は息を止めた。都市を押さえ込むほど、救済は誰かの負担で成り立つ。異形の影は学園の外へ広がり、街の灯りをかすかに濁らせているのに、怜の周囲だけが妙に整っていく。整っていくほど、何かが抜け落ちる。 その夜、最初に導入した警備網が警報を鳴らした。倒れたのは研究班の責任者だった。怜は駆けつけ、床に落ちた手帳を拾い上げる。そこに記された日付の横に、見覚えのない自分の署名があった。 綾音は、その背中を見て小さく笑った。悲しみに似た、けれど諦めではない顔だった。
時軸を継ぐゴスロリ
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