エラベノベル堂

時軸を継ぐゴスロリ

全年齢

小説ID: cmnurpgqa001901s8t0vdb996

7章 / 全10

怜は旧講堂の地下よりさらに深い、封鎖されたデータ層へ降りた。学園の保存領域の奥に、都市の基幹ログと重なる古い階層が眠っていると知ったのは、ほんの数分前だ。綾音は同行しなかった。来るな、と言ったのは自分だったはずなのに、振り返った瞬間だけ、ひどく遠い目で見送られた気がした。 暗い回廊を進むたび、端末の表示が乱れる。怜しか読めないはずの文字列が壁面に滲み、消え、また現れた。そこには見覚えのある署名があった。自分の筆跡だ。だが日付は現在ではない。何度も何度も、未来と過去のあいだを跨いだ痕跡が、迷路のように折り重なっている。 やがて一つの記録に辿り着く。音声も映像も欠けた、半壊した保存データ。再生すると、怜自身の声が低く響いた。 「もしここまで来たなら、たぶん全部を忘れている」 息が止まる。続く言葉は、まるで自分を諭すために残したようだった。異形を消し尽くすと都市ごと崩れる。だから記憶を切り分け、救済装置として資金網と情報網を組み直したこと。学園で倒れた者たちは、消されたのではなく、汚染が広がる前に安全な層へ退避させたこと。表向きの喪失は、見えない場所で守るための仮面だった。 怜は画面を見つめたまま、じわりと息を吐いた。救ったつもりで、何度も誰かを切り捨てたと思っていた。だが実際は逆だったのかもしれない。手を伸ばすほど遠ざかるのではなく、届かない場所へ避難させていた。自分の意思で。自分の代償で。 背後で足音がした。綾音が静かに立っている。黒い衣装の胸元に、見慣れた懐中時計が光った。 「気づいた?」 「お前は、最初から知っていたのか」 「全部じゃない。でも、案内役としては十分だった」 怜は振り返る。嫌悪はもう、以前ほど鋭くなかった。代わりに、理解しかける痛みがあった。 「仲間が倒れたのも、犠牲じゃなかったのか」 「ええ。避難のために必要だった。あなたが異形に直接触れないよう、周囲を先に沈めたように見せただけ」 その言い方に、怜は眉を寄せる。誰かを守るために誰かを消した、と見える構図は変わらない。それでも、真実はもっと複雑で、もっと残酷だ。救済と喪失は、最初から別々ではなかった。 次の画面に、都市全域へ張り巡らされた資金移動の記録が映る。自分が掌握していたと思っていた金の流れは、すでに未来の怜が組んだ再配置だった。必要な場所へ届き、不要な恐怖を回収し、忘却の層を維持するための仕組み。怜はそこでようやく理解した。自分は支配していたのではない。戻る道を作っていたのだ。 綾音が一歩近づく。 「異形は完全には消えない。あなたが忘れた真実を封じる代わりに、ここに留め置くしかなかった」 「なら、俺は何を選べばいい」 「守るものを一つに絞らないことよ」 怜は端末を閉じた。奥で鳴っていた警報が、遠くで一つ止む。都市の夜景が、封鎖の向こうで静かに呼吸を始めた気がした。怜は綾音を見た。大嫌いだったはずの相手が、いまは自分の失われた選択を運ぶ唯一の案内役に見える。 「行くぞ」 「どこへ」 「まだ選べる未来へだ」 綾音は少しだけ笑った。怜はその笑みを見て、初めて手放すことを恐れすぎるのはやめようと思った。

7章 / 全10

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