怜は綾音を地下の旧配電室へ呼び出した。学園の喧騒は遠く、壁の向こうで異形の気配が脈打っている。二人きりになるなり、怜は端末を机に叩きつけた。 「もう隠すな。お前が何度も止めてきた理由を言え」 綾音は黒い袖を静かに整え、逃げなかった。 「止めてきたんじゃない。失敗させないようにしてきたの」 「同じだ」 「違うわ」 その一言は、珍しく鋭さを欠いていた。綾音は懐中時計を開く。逆向きに進んでいるように見えた針が、怜の目の前でかすかに震えた。 「あなたは何度も、全部を救おうとして壊した。都市も学園も、そして自分自身も。だから私は戻った。何度でも。時間を越えて、同じ失敗を拾い直すために」 怜の喉が鳴る。思い返せば、彼女は嫌味を言うたび、必ず一歩先を見ていた。邪魔に見えた言葉は、実際には落下を食い止める柵だったのかもしれない。 「嘘だ」 「嘘なら、あなたは今ここにいない」 綾音は一歩だけ近づいた。 「最初の失敗で、あなたは私を切り捨てた。次で、誰かを守るために自分の記憶を削った。三度目には、都市の半分を閉じ込めた。それでも足りなくて、あなたはまだ全部を背負おうとした。だから私は、嫌われてもいいから止め続けたの」 怜の中で、嫌悪が軋む。怒りより先に、守られていたという感覚が遅れて刺さった。自分はずっと導く側だと思っていた。だが実際には、崩れないよう囲われていた側だったのかもしれない。 「……俺を、救うために?」 綾音は視線を逸らした。 「救うためだけじゃない。あなたが壊れるたび、私も同じところへ落ちた。だからやり直すしかなかった」 その告白は、告白というより懺悔に近かった。怜は端末の暗い画面に映る自分の顔を見た。そこには、力で押し切ろうとする目と、何も知らないまま傷つく目が同時にあった。 外で警報が鳴る。都市全域の封鎖が、ひとつずつ崩れ始めている。異形の影は完全に消えない。だが、それを恐れてすべてを固めれば、守りたいものまで息を止める。 「綾音」 「なに」 「お前が嫌いだったのは本当だ」 「知ってる」 「でも、今は違う。……俺は、守られていた側だったのか」 綾音はようやく怜を見た。その瞳は、ようやく許されたようでもあり、まだ許しきれていないようでもあった。 「やっと気づいたのね」 怜は深く息を吸い、机の上の端末を閉じた。自分が守るべきものは、全員を閉じ込める完璧さではない。失敗を引き受け、それでも残る誰かだ。綾音もまた、その一人なのだろう。 「行くぞ。次は、俺が守る」 綾音は小さく笑った。 「ようやく、守られる側から降りる気になったのね」 扉の向こうで、都市の灯りが一つずつ戻り始めていた。
時軸を継ぐゴスロリ
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