翌日の放課後、僕はコンビニの袋を握りしめたまま、なぜか戦場へ向かうみたいな気分で席を外した。授業中も吹き出しは勝手に暴れたが、昼に食べた激辛カレーの余熱がまだ舌に残っていて、思考の輪郭だけが妙にくっきりしている。いつもなら反射で漏れる『やばい』『無理だ』『逃げたい』が、今日は一拍だけ遅れる。その隙に、僕は自分の心を外側から眺めることができた。 なるほど、と僕は気づいた。吹き出しは感情そのものではなく、感情に貼られた表示板だ。熱を受けると文字が整う。混乱を無理やり押し込めるより、別の刺激で並べ替えたほうがいい。 校門を出ると、あの店員が自転車置き場の陰で待っていた。制服の上にコンビニのエプロンを外しただけの格好なのに、なぜかそこだけ空気が薄い。 「効きましたか」 「……少し。あなた、僕のことを知っているんですか」 店員は頷き、遠くを見るような目をした。 「前の世界で、あなたは私を庇いました。礼を返しに来ただけです」 前の世界。その言葉に、頭の奥で鈍い鐘が鳴る。僕の知らない戦場、知らない約束、知らない背中。それでも、彼の声は妙に懐かしかった。 「それと、あなたは鍵の継承者です」 僕は笑いそうになった。鍵というには頼りなさすぎるし、継承者というには普通すぎる。だが店員は続けた。 「扉を閉じる側の鍵です。世界を壊す者がいる以上、止める役目もまた必要になる」 その瞬間、教室のドアが開き、数人の同級生が入ってきた。いつも感情を薄く張り付けている、あの目の冷たい連中だ。彼らの吹き出しは妙に整っていて、『平気』『興味ない』『どうでもいい』が、まるで磨かれた石みたいに並んでいる。 なのに、僕の隣に立つと空気が変わった。ひとりが小さく笑い、もうひとりが僕の机に手を置く。 「転校生、面白いよね。あの子とも仲良いみたいだし」 あの子、というのは、昼に弁当を分けてくれた同級生だ。胸の奥がざらついた。吹き出しが暴れかける。だがカレーの熱がまだ残っていて、僕は自分の嫉妬や焦りを一つずつ観察できた。 店員は小さく息を吐いた。 「感情を溜める人間は厄介です。表では静かでも、内側に圧をためて一気に奪う。あなたの周囲に集まり始めたのは、そのせいでしょう」 同級生の一人が僕の吹き出しを見上げて、薄く笑う。『迷ってる』『決められない』『守りたい』。読み取られたのは僕の迷いではなく、願いだった。 そのとき、店員の差し出した手のひらに、見覚えのない古い金属の輪が置かれた。鍵だ。だが扉を開けるためではない。閉じるための形をしている。 「恩返しは、まだ終わっていません。今度こそ、あなたが自分で選んでください」 僕はその輪を受け取った。吹き出しが静かに整う。世界はまだ壊れていない。けれど、壊すための歯車はもう動き始めていた。
吹き出す本音とカレー
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