エラベノベル堂

吹き出す本音とカレー

全年齢

小説ID: cmnv77sbp002401s8wcdzuz1f

4章 / 全10

翌朝の教室は、いつもより静かだった。静かすぎて、僕には逆に嫌な予感がした。黒板の前で担任が連絡事項を読み上げているあいだも、誰かが笑うでもなく、誰かが咳をするでもなく、空気だけが整いすぎている。  席に着いた僕の隣へ、昨日までほとんど話したことのなかった同級生が、穏やかな顔で座った。目元はやわらかいのに、吹き出しは妙に平らだ。『気にしない』『合わせる』『波を立てない』。言葉の端々に熱がない。 「転校生くんって、けっこう目立つよね」  言い方は柔らかい。なのに、その一言で教室の視線が少しずつ僕へ集まった。別の机からも、似た温度の声が飛ぶ。 「お昼、いつも一人?」 「一人のほうが落ち着くタイプでしょ」  否定しようとした瞬間、『違う』『本当は違う』『そうじゃない』が空中に浮いた。彼らはそれを見ても笑わない。ただ、当然のようにうなずく。その落ち着きが怖かった。  昼休みになると、僕が毎日顔を合わせていた同級生の子が、いつもの席に来なかった。代わりに、その周りには穏やかな同級生たちが自然に座っていた。気づけば、話の輪はそちらに寄っている。僕が何か言おうとすると、別の誰かが先に返事をする。僕の一歩は、いつも半歩だけ遅れた。  廊下でその子を見つけたとき、彼女は少し困った顔で笑った。 「最近、みんながいろいろ教えてくれるから、そっちも楽しそうかなって」  胸の奥が冷えた。僕が言葉を探しているあいだに、彼らはもう、彼女の関心の置き場所を少しずつ変えていた。押しつけるのではない。優しく、丁寧に、気づかれない速度で奪っていく。  その日の放課後、僕は誰にも呼ばれないまま教室に残された。振り返ると、さっきまで近くにいたはずの輪が、きれいにほどけている。誰かの笑い声が遠くへ流れ、僕の名前だけが置き去りになった。  机の上には、誰が置いたのか分からないメモが一枚あった。『落ち着いてる人のほうが、周りは安心する』  それは励ましの形をしていた。けれど、僕には支配の入口にしか見えなかった。  そのとき、頭の奥で小さな吹き出しが震えた。『遅い』『もう囲まれてる』『気づけ』  僕はようやく理解した。彼らは怒りを見せない代わりに、感情をため込んで、人の関係を静かに押し流す。僕の大切な相手は、気づかぬうちにその流れの中へ連れていかれていた。  教室の窓に映る自分は、ひどく孤立していた。けれど、あまりにも静かなその光景の奥で、どこか別の場所で鳴っている金属音のような気配がした。あのコンビニ店員の言葉が、遅れて刺さる。扉を閉じる鍵。ならば今、閉めるべきなのは、僕の周りで静かに開きつづける関係のほうだ。

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