エラベノベル堂

吹き出す本音とカレー

全年齢

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6章 / 全10

夢を見た。燃える草原の真ん中で、僕は錆びた剣を握っていた。目の前には、黒い霧のようなものが膨れ、空まで覆っていく。逃げろ、と誰かが叫ぶ。だが僕の口から出たのは、違う声だった。守る。たとえ、どれほど滑稽でも。次の瞬間、胸の奥で何かが弾け、朝の教室の光に置き換わった。  目を開けても、夢の残り香は消えなかった。机、黒板、窓辺、そしてあの子の横顔。全部が、どこかで見た戦場の断片に重なる。廊下は砦の回廊で、校庭はひび割れた平原だ。コンビニの赤い看板さえ、遠い昔に見た灯火のように感じられた。 「思い出したのね」  声に振り向くと、あの店員が立っていた。制服の上からエプロンを外しただけの格好なのに、妙に場違いではない。彼の吹き出しは、いつもより静かだった。『ようやく届いた』『まだ遅くない』。 「僕が……勇者だった?」 「正確には、前の世界で世界を閉じる者でした」  曖昧な説明なのに、頭の奥の鐘が鳴る。剣の重さ、傷だらけの手、誰かの涙、そして最後に託された金属の輪。全部が、今の鍵と繋がった。僕は世界を救ったのではない。壊れ続ける扉を、何度も閉めてきただけだ。  ふと、教室の向こうで静かな同級生たちが動いた。彼らの吹き出しは整いすぎている。『今なら奪える』『迷いがある』『押し切れる』。だが、夢の記憶が戻った今、僕には分かる。あの均衡は、感情を溜めて一気に放つための魔法だ。戦場で見た、圧をため込んだ兵器の陣形と同じだ。  店員が小さく頷く。 「あなたは、相手の心を読む力があるんじゃない。自分の本音を外に出すことで、他人の虚勢を砕ける。前の世界でも、あなたはそうやって仲間を守りました」  僕は自分の頭上に浮かぶ吹き出しを見上げた。『怖い』『でも逃げない』『守りたい』。今までは恥ずかしいだけだったそれが、武器になる。虚勢を破る声。自分の弱さを隠さず、むしろ突きつけることで、相手の張りつめた感情の鎧を割る。そんな戦い方が、僕にはできる。  教室のドアが開き、彼女が入ってきた。いつもの柔らかさは薄く、目が少し遠い。背後には、あの静かな同級生たち。彼らはもう、僕の周囲を囲い終えているつもりなのだろう。 「転校生くん、決められた?」  その問いに、僕は初めてまっすぐ答えた。 「決めた。僕は、閉じる側だ」  言葉と同時に、吹き出しが大きく膨らむ。『負けない』『取り戻す』『ここで終わらせる』。その文字は、ただの独り言ではなかった。僕の中に眠っていた勇者の記憶が、今の僕の声に重なっていた。  店員はレジ袋のように軽く鍵を差し出し、低く言った。 「なら、次は儀式の中心を見つけましょう」  その瞬間、教室の床下から、古い鐘のような響きが上がった。学校とコンビニと、ずっと昔の戦場が、一本の線で結ばれていく。僕はその震えの中で、ようやく理解した。これは偶然の騒ぎじゃない。世界は、何度でも形を変えて僕に試練を与える。そして僕は、何度でもその扉の前に立つ。今度こそ、逃げずに。

6章 / 全10

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