会場の奥、控室へ戻る途中で、蓮からメッセージが来た。文面はいつもの軽さを装っているのに、内容だけが妙に重い。もう一つ、気になる話がある。受付名簿の作成元が怪しい。あと、朝倉の会社の名前が、招待側の内部資料にだけ載ってた。表向きの取引先って扱いじゃないかもしれない。 俺は歩く速度を変えず、端末を伏せた。朝倉にも見せず、ただ隣の気配を確かめる。彼女は前を向いたまま、何も聞かなかった。だが、控室に入って扉が閉まると、すぐに俺を見た。 「何かありましたね」 「蓮から連絡が。あなたの会社名が、出入りの記録に妙な形で残ってます」 朝倉の目が一瞬だけ冷えた。けれど次の瞬間には、社長の顔に戻る。そういう切り替えの速さが、彼女の強さでもあり、危うさでもある。 「続けましょう。今は騒ぐ段階じゃない」 「ええ。表向きは、何も知らないままでいい」 俺たちは再び会場へ戻った。壁際には、年配の男たちが固まり、若いスタッフは視線を下げたまま盆を運ぶ。誰もが礼儀正しいが、会話の中心には必ず見えない序列がある。朝倉は笑顔で名刺を受け取り、俺はその横で相手の言葉の端を拾う。だが、どこか違う。誰かが彼女を値踏みしているのではなく、彼女の会社そのものを見ている気配があった。 少し離れた窓際で、招待側の男が二人、低い声で話していた。片方が朝倉の名を口にした直後、もう片方が短く笑う。まるで昔から知っている者同士のような空気だった。俺は自然なふりでグラスを取る客を装い、耳だけを向ける。 「例の件、今年も同じ条件で通るだろう」 「表に出せる契約じゃない。だが、あの会社が必要なんだ」 その一言で、胸の内側がざらついた。必要なのは会社ではなく、会社の名前を盾にした別のものではないのか。朝倉もそれを感じたのか、俺の袖に触れる指先がわずかに強まった。 「行きます」 彼女は小声で言い、俺は頷いた。次の挨拶へ向かうふりをしながら、俺たちは観察を続けた。誰が朝倉にだけ笑わないのか。誰が資料を持つ手を隠すのか。誰がやけに受付へ目を向けるのか。見えてくるのは真相ではない。ただ、最初に聞いていた話よりずっと複雑で、ずっと古い利害の絡まりだった。 朝倉は人前で完璧に振る舞いながら、俺の一歩後ろに立つ。その距離が、さっきまでより少しだけ近い。俺はその変化に気づいていた。彼女が俺を、ただの同行者ではなく、隣で見張り合う相手として見始めていることも。会場の照明は相変わらず眩しいのに、その下で動くものは妙に生々しかった。俺たちはまだ何も暴いていない。だが、何かが隠されているのは、もはや疑いようがなかった。
契約の夜に
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