エラベノベル堂

契約の夜に

全年齢

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7章 / 全10

蓮からの追伸は、短いのに重かった。潜入先の設立前に、一度だけ名義が動いた契約がある。表に出ている出資者とは別の流れで、朝倉の会社の前身に近い部署が関わっていたらしい。しかも、その記録は今の会場の管理者が持っているはずだ。俺は端末を伏せたまま、目の前の皿に目を落とした。 隣では朝倉凛が何事もなかったように微笑んでいる。だが、指先だけはグラスの縁をきつく押さえていた。彼女にも気づかせないままに、情報が一本につながっていく。怖いのは、敵が強いことではない。隠したい事実が、長く守られすぎて形を変えていることだ。 「顔色が悪いですね」 朝倉が小声で言った。 「少し、筋が見えました」 「答えは?」 「まだ急ぎません」 彼女は意外そうに俺を見た。だが俺は、わざと視線を逸らした。真相に近づくほど、断定は武器になる。けれど今の段階で一気に詰めれば、相手は証拠を消すか、書き換える。蓮が集めた断片を、崩さず積み上げる方が先だった。 「一番上の人に、直接ぶつけますか」 朝倉が言う。 「まだです。まずは、誰が何を知っているかを分けます。会場の管理者、招待側の実務担当、外部の顧問。全部同じに見えても、責任の取り方は違う」 「私が前に出ると、相手は強く出てくる」 「ええ。だからあなたは、今日は笑うだけでいい」 朝倉はわずかに眉を上げ、それから小さく息を吐いた。強がりを捨てきれない人間が、ようやく手のひらを開くような仕草だった。 俺は会場の見取り図を思い浮かべる。書庫、控室、受付、搬入口。証拠があるなら、動かす順番がある。触れていい紙と、触れてはいけない紙がある。蓮の情報はまだ断片だが、断片だからこそ価値がある。つながる前に、誰にも壊させない。 「今夜は回収だけにします」 俺は言った。 「写せるものは写す。でも、持ち出しはしない。相手が警戒していない形で、確認できる範囲だけ」 朝倉はしばらく黙っていたが、やがて真顔で頷いた。 「慎重ですね」 「急ぐと、証拠じゃなくて言い訳を集めることになるので」 その返答に、彼女はほんの少し笑った。けれど笑みはすぐ消え、代わりにまっすぐ俺を見る。 「あなたがそう言うなら、私も従います」 従う、という言葉が彼女の口から出るのは不思議だった。けれどそれは敗北ではなく、役割を分ける合図だった。彼女は前に立つ。俺は崩れないように後ろを支える。そう決めたことで、臨時の関係は少しだけ別の形へ変わり始めていた。 その時、会場の奥で軽い拍手が起こった。招待側の男が立ち上がり、何かを説明している。朝倉の視線が一瞬だけ鋭くなる。 「来ますね」 「ええ。ですが、まだ動きません」 俺たちは並んだまま、何でもない客のふりを続けた。真相は目の前まで来ているのに、手を伸ばせば壊れる。だからこそ、焦らない。そう決めた静けさの中で、朝倉がふと俺の袖に触れた。 「……任せました」 その一言は、命令でも依頼でもなく、信頼だった。俺は短く頷き、視線だけで会場の出口を確かめる。今夜はまだ終わらない。だが、壊さずに拾えるものが、確かに増えていた。

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