エラベノベル堂

謝罪ごっこ

18+ NSFW

小説ID: cmod0svrp0c5901llv9wqqyli

4章 / 全10

深夜二時を回っていた。カイトは編集作業を終え、帰宅の途につく。ホテルの廊下は静まり返り、足音だけが反響する。出張先での打ち合わせが長引き、気づけばこの時間だ。エレベーターを待つ彼の耳に、微かな物音が届いた。廊下の角。誰かが言い争っている声。 「ねえ、帰ってよ」 「ここ俺の部屋の前なんだけど」 「いいから。ちょっと話そうよ」 女性の怯えた声と、しつこく粘着質な男の声。カイトは無意識に足を速めた。角を曲がると、見知った顔があった。リナだ。見知らぬ男が彼女の部屋の前に立ち塞がり、逃げ場を塞いでいる。 「ストーカーか」 カイトは瞬時に判断した。体格の良い男。目が据わっている。酔っているのか、薬物の影響か。 「おい」 低い声で呼ぶと、男が振り返った。 「なんだ、お前」 カイトは一歩踏み出す。肩を掴もうとする男の手をかわし、逆に腕を捻り上げる。 「ッ痛え」 「彼女が困ってるだろ。帰れ」 有無を言わせぬ威圧感。男は舌打ちし、乱暴に腕を振り払って去っていった。カイトは男の背中が見えなくなるまで見送り、それからリナに向き直った。彼女は壁に背を預け、肩を震わせている。 「大丈夫か」 リナが顔を上げる。涙で潤んだ瞳。华やかなコスプレイヤーの姿はない。ただの怯えた少女。 「カイト……さん」 彼女が呟く。 「なんで、ここに」 「仕事で近くまで来た。偶然だ」 嘘ではない。だが、宿泊先が同じホテルなのは偶然ではない。彼女が泊まる場所を知った時、何かが起こる予感があった。それだけだ。 「……ありがとう、ございます」 リナが深く頭を下げる。 「部屋、入って。落ち着くまで」 カイトは自分の部屋のキーカードを取り出した。中に入ると、リナはベッドの端に座り込んだ。 「あの人、たまにコメントくれる人で……会いたいって言われて」 「断ればよかった」 「断ったんです。でも、居場所バレちゃって」 リナが膝を抱える。華奢な体が小さく見えた。カイトは彼女の前に立つ。 「俺がいる。もう大丈夫だ」 その言葉に、リナが顔を上げた。濡れた瞳が、彼を真っ直ぐに見つめる。 「……カイトさんて、優しいですね」 「仕事だ」 カイトは視線を外す。 「嘘。仕事でここまでしない」 リナが立ち上がり、彼に近づいた。 「……ねえ、さっきのアドバイス。本当に名乗らないつもりですか」 カイトが息を呑む。 「え」 「三年前の人、ですよね」 心臓が跳ねた。彼女は気づいていた。あるいは、確信を持ちたかった。 「……なぜそう思う」 「だって、全部合うんです。タイミングも、優しさも」 リナの指が、彼のシャツを掴む。 「見つけた」 彼女が微笑む。涙混じりの、でも確かな安堵の笑み。 「やっと、見つけた」 カイトは彼女を見つめた。隠しきれない感情が、胸の奥から溢れ出す。名乗るべきか。否、今はまだ。彼は彼女の髪をそっと撫でた。 「……部屋に戻れ。風邪ひく」 リナは不満げに唇を尖らせたが、素直に頷いた。 「また、連絡します」 ドアが閉まる。カイトは深く息を吐き、ベッドに倒れ込んだ。彼女への想いが、もう隠せないところまで来ていた。

4章 / 全10

TOPへ