事務所のパソコンルームで、カイトとリナは並んでモニターに向かっていた。深夜十一時を回っている。リナは終わりのない編集作業に没頭していたが、その目は焦点を失いかけていた。 「ここ、カットで」 リナの声が震える。キーボードを打つ指先も、わずかに震えていた。カイトは彼女を横目で見た。顔色が悪い。メイクで隠しているが、目の下のクマは隠せていない。 「……休憩するか」 カイトが言うと、リナは首を横に振った。 「大丈夫です。あと少しで」 「大丈夫じゃない」 カイトはキーボードから彼女の手を離させ、椅子を回転させて自分の方を向かせた。リナの瞳が揺れる。その奥にある疲労と、押し殺した不安。 「……ネットの、書き込み、見たのか」 カイトの問いに、リナは唇を噛んだ。沈黙が答えだった。また何かあったのだ。誹謗中傷。デマ。根も葉もない噂。 「……慣れてます」 「慣れる必要はない」 カイトは彼女の髪をそっと撫でた。無骨な手つきだが、そこには確かな優しさがあった。 「カイトさん……」 リナの声が涙で滲む。 「我慢しなくていい」 その言葉が、彼女の中の何かを崩した。リナはカイトの胸に顔を埋めた。華奢な肩が震える。嗚咽が漏れる。 「……辛いんです。何もしてないのに、あんなこと書かれて」 「知ってる」 「なんで、私ばっかり」 「運が悪かっただけだ。お前のせいじゃない」 カイトは彼女の背をゆっくりと撫でた。温かい体温が、震える体から伝わってくる。どれくらいそうしていただろうか。リナの涙が止まった頃、彼女は顔を上げた。濡れた瞳が、彼を真っ直ぐに見つめる。 「……カイトさんて、本当に不思議ですね」 「どういう意味だ」 「最初は怖い人だと思ってました。無愛想だし、いつも素っ気ない」 リナが小さく笑う。 「でも、本当は誰よりも優しい」 カイトは視線を外した。図星だった。自分でもわかっていた。彼女を特別扱いしていることに。 「……三年前の人だって、名乗らないんですね」 リナが呟く。 「名乗ってどうなる」 「教えてくれたら、お礼ができるのに」 「今のままでいい」 「……本当に」 リナが彼の胸に手を当てる。 「本当に、それでいいんですか」 カイトは答えなかった。答えられなかった。彼女への想いを自覚している。でも、名乗ることは、その想いを認めることになる。まだ、その準備ができていない。 「……作業、続けるぞ」 カイトは彼女から離れ、再びモニターに向かった。リナも黙って頷く。だが、その瞳には、先ほどとは違う光が宿っていた。安堵と、そしてほのかな期待。二人の間に流れる空気は、以前よりも温かくなっていた。
謝罪ごっこ
18+ NSFW小説ID: cmod0svrp0c5901llv9wqqyli

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