一週間後、藤代家の屋敷に招かれた真人は、初めて婚約者候補と対面した。名を九条雅之。京都でも有数の名家の長男で、都内有名企業のエリート社員だという。スーツは仕立ての良いイタリア製、腕には高級腕時計、髪は整えられ、その立ち居振る舞いには隙がない——ように見えた。 「ほう、これが華凛さんのお相手というわけか」 九条は真人を値踏みするように眺め、鼻で笑った。 「将棋部の学生さんでしたか。若いうちは趣味も大事ですよね。私も学生時代は……まあ、今は忙しくてとてもそんな時間はありませんが」 華凛が真人の隣で身を固くしたのがわかった。両親は九条を丁重に扱い、祖母だけが静かに観察するように二人を見ている。 「九条さんは華凛の踊りをご存知なの?」 真人が問いかけると、九条は謙虚な顔を作った。 「もちろんです。藤代の舞踊は素晴らしい。伝統ある家の看板として、華凛さんは大切に守られるべきですから」 その言葉に、華凛の表情が曇った。真人は見た。この男が華凛という人間を一切見ていないことを。彼の目にあるのは藤代家という看板だけ。 「華凛さんは大人しくていらっしゃるから、私がリードしていくつもりです。仕事は忙しいですが、家のことは任せますし、生活には困らせません」 「……私の意見は、聞かないの?」 華凛が小さな声で尋ねた。九条は驚いたように目を丸めた。 「意見? 華凛さん、あなたは藤代の娘です。その立場を理解すれば、自ずと進むべき道は決まるものですよ」 真人は心の中で盤面を描いた。この男の弱点——それは慢心だ。華凛を人として見ず、家の権威に目が眩んでいる。だからこそ、予期せぬ手には対応できない。真人は九条に向き直った。 「九条さん、将棋をご存じですか?」 「いや、こういうのは詳しくないですが」 「そうですか。将棋には『王手飛車』という手があります。相手が油断しているところを突く、有効な戦法ですよ」 九条は意味がわからないといった顔をしたが、真人は薄く笑っただけだった。勝機は見えた。あとは盤上で、駒をどう動かすかだけだ。
舞姫、盤上を制す
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