「もう無理……お願い、許して……」 凪はシーツを握りしめ、涙で滲んだ視界で天井を見上げた。体中に残る冷たい感触と、ローションの粘液が肌を不快に覆っている。連日夜な夜な続く幽霊たちの襲撃に、彼女の心身は限界を迎えていた。 「輝……どうして私なんかを選んだの……」 『選んだのではない。お前が呼んだのだ』体内から響く声は、相変わらず冷静だった。『好奇心は代償を伴う。それがこの世界の理だ』凪は震える手で顔を覆った。その時、視界の隅に小さな女の子の幽霊が座り込んでいるのが見えた。他の幽霊たちが去った後も、一人だけ残っている。 「……あなたは?」 女の子は顔を上げ、潤んだ瞳で凪を見つめた。 「お母さんに……会いたかった」 その言葉と同時に、凪の手が勝手に動いた。女の子の頬に触れた瞬間、感情の奔流が流れ込んでくる。温かいご飯の匂い。柔らかい抱擁。夜中に掛けてくれる布団の重み。 「生きていたいわけじゃないの……ただ、もう一度温もりが欲しかったの」 女の子の声が、凪の心に染み込む。 「私、お母さんに『ありがとう』って言えなかったから」 涙が溢れた。この子は悪霊などではない。ただ、愛する人に伝えられなかった言葉を抱えたまま、彷徨っていたのだ。 「ねえ、輝。彼らが求めているのは……私の体じゃないのね」 『気づいたか。彼らは未練という名の渇望を抱えている。生者の温もりに触れることでしか、その渇きは癒やされない』 「じゃあ、私が彼らを受け入れれば……未練を解いてあげられるの?」 『そうだ。お前は依り代として霊を宿せる特別な体となった。彼らの未練を受け止め、昇華させることができる』凪は深く息を吸い込んだ。 「わかった。やるわ」 彼女は女の子に向かって両手を広げた。 「おいで。抱きしめてあげる」 女の子は驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに微笑んだ。凪の腕の中に冷たくて小さな体が飛び込んでくる。 「温かい……」 女の子の体が、少しずつ光の粒子へと変わっていく。 「ありがとう、お母さん……」 その言葉を最後に、女の子は光の中へと消えていった。『よくやった。だが、これは始まりに過ぎぬ。これからも次々と霊が現れるだろう』 「うん、覚悟はできてる」 凪は決意を固めた表情で言った。 「私が彼らを救うの」 その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。 「ただいま——凪?何があったんだ?」 奏人がリビングに入ってくる。凪は慌ててシーツで体を隠した。彼女の日常は、これからも非日常と隣り合わせで続いていく。
宿霊の凪
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