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舞台の処方箋

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ハミダシクリエイティブ Adult Edition 【デジタル特装版】

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4章 / 全10

地下資料室は冷たく、湿った空気で満たされていた。棚には古びた台本や衣装が詰め込まれ、埃の匂いが鼻をつく。非常灯の薄明かりだけが、おぼろげに輪郭を浮かび上がらせている。 「携帯……携帯は?」 美鈴が震える手で探った。 「圏外です。地下ですから」 悠陽は冷静に周囲を確認していた。 「この扉、外からロックされたみたいですね」 美鈴の呼吸が荒くなる。作り物の落ち着きが剥がれ落ち、素の感情が溢れ出していた。 「どうして……誰が……」 「美鈴さん、まずは座ってください」 悠陽は近くにあった古い木箱を引き寄せ、彼女を座らせた。 「落ち着いて。呼吸を整えて」 「落ち着けるわけないでしょ! こんな場所で、暗闇で、誰かに閉じ込められて……!」 美鈴の声が裏返る。パニックが彼女を支配していた。 「私、閉所が……」 「分かっています」 悠陽は彼女の前に膝をついた。 「僕の話を聞いてください。漢方では、恐怖は腎の気の乱れから来ると言われています」 彼は美鈴の左手を取り、手首のあたりを親指で押し始めた。 「ここは内関というツボです。不安や動悸に効きます」 「……何をしているの?」 「意外と効きますよ」 悠陽の指が、一定のリズムでツボを刺激していく。その手は温かく、不思議と安心感を与えた。 「もう片方の手も」 美鈴はおずおずと右手を差し出した。 「あなた……変わってるね」 美鈴の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。 「漢方薬局の息子だから」 悠陽は微かに笑った。 「それに、僕は人の体調を読むのが得意なんです。今のあなたに必要なのは、薬じゃなくて、誰かがそばにいること」 美鈴の瞳が潤んだ。舞台上で演じてきたどんな役よりも、今の自分が脆く見えているはずだ。仮面を外した素顔を、この青年に見られている。 「……さっき、私の演技に嘘があるって言ったわね」 「言っていません。信太郎さんが言ったと、あなたが言ったんです」 美鈴は目を伏せた。 「でも、あなたも同じことを思ったんでしょ?」 「思いません」 悠陽の声は穏やかだった。 「あなたの演技に嘘があるんじゃない。あなたが演じている役に、あなた自身が縛られているだけです」 美鈴の心が震えた。図星だった。役になりきることでしか自分を感じられない。舞台が終われば、自分が誰だったか分からなくなる。その空虚さを埋めるために、彼女は舞台に立ち続けてきた。 「……怖いの」 美鈴は初めて本音を口にした。 「舞台がないと、私が私じゃなくなっちゃう気がして」 「それが本当のあなたですか?」 悠陽のまなざしが、暗闇の中で真っ直ぐに彼女を捉えていた。 「仮面を外したその姿が、あなたなんでしょう?」 美鈴の頬を涙が伝った。誰にも見せたことのない、素の自分。それをこの青年は、最初から見抜いていた。 「……優しいのね」 「仕事ですから」 「嘘」 美鈴は小さく笑った。 「ただの届け物で、こんなことになるなんて」 悠陽の手が、美鈴の手の甲に触れたままだった。 「そうですね。でも、悪くない」 二人の間に、静かな空気が流れる。非常灯の薄明かりが、お互いの輪郭を照らしていた。

4章 / 全10

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