文化祭前日の午後、教室の空気は朝よりもずっと落ち着かない熱を帯びていた。焼きそば屋台の準備は大詰めに入り、机の上には段ボール、養生テープ、予備の紙皿が山のように積まれている。隼太はその中心で、配膳の順番と道具の位置を何度も確認していた。責任者として、誰かが迷えばすぐ動けるようにしておかなければならない。 「隼太、そこは通路、今ふさがってるよ」 葵奈の声が飛ぶ。彼女はいつもの軽い調子のまま、教室の前方で集まったクラスメイトたちを手招きしていた。見物に来たのだ。準備の様子を見に来ると聞いてはいたが、実際に人が増えると、教室は一気にざわつく。 「悪い、すぐどける」 隼太は返事をしながら、鉄板のそばの箱を片づけ、次に使うソースの位置を少し手前へ寄せた。人の流れが止まらないように、声を出して指示する。何人かが手伝おうと動き、彼はそのたびに短く役割を振り分けた。 一方で葵奈は、集まったクラスメイトの視線を受け止めながら、わざと大げさに肩をすくめた。 「見学なら歓迎。だけど、見るだけじゃつまらないよね」 「お前、また変なこと言うつもりだろ」 「変じゃないって。焼きそばは香りで半分勝負なんだよ」 そう言って彼女が試しに鉄板の前へ立つと、数人が笑った。葵奈はその笑いを逃がさず、手元のヘラをくるりと回してみせる。真似をしようとした男子がぎこちなく手を動かすと、教室のあちこちでまた笑い声が上がった。 隼太はその様子を横目に見ながら、動きを止めない。彼が段取りを整えるたび、葵奈が場を明るくする。彼が指示を出し、彼女が空気をほぐす。その繰り返しが、慌ただしさを不思議と滑らかにしていた。 「責任者がちゃんとしてると、安心するな」 誰かのそんな一言が聞こえ、隼太は少しだけ背筋を伸ばした。葵奈もその声に気づいたのか、隼太のほうを見て、にやりと笑う。 「でしょ。隼太が締めるから、私がふくらませられるんだよ」 「ふくらませるって言い方はどうなんだ」 「褒めてる」 短いやり取りに、周囲からまた笑いが起きる。さっきまで準備に追われて硬かった空気が、少しずつほどけていくのがわかった。クラスメイトたちも、ただ見物するだけではなく、自然と手を貸し、声をかけ、作業の流れに混ざっていく。 隼太はそれを見て、胸の奥がわずかに熱くなるのを感じた。自分ひとりで抱え込むより、葵奈が隣にいるほうがうまく回る。そんな実感は、もう否定できないところまで来ている。 「次、紙皿の束をこっちに回して」 「了解」 「ソースの替え、まだある?」 「あと一箱、下にある」 声が重なり、動きがそろう。クラスメイトたちは感心したように互いの顔を見合わせ、準備の場はさっきよりずっと柔らかい雰囲気に変わっていた。葵奈が笑って場を回し、隼太が慌ただしくも確実に支える。その連携が、見ている側にも伝わっていく。 教室の窓の外では、夕方の光が少しずつ傾いていた。隼太は手元のメモを押さえながら、もう一度全体を見回す。慌ただしさは消えていない。だが、その中に確かな呼吸が生まれていた。葵奈もまた、いつもの軽さの奥で、珍しく真剣な目をしている。 文化祭準備の空気は、二人のやり取りに押されるように、静かに和らいでいった。
放課後屋台と公開告白
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