エラベノベル堂

放課後屋台と公開告白

全年齢

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5章 / 全10

教室の戸を閉めた瞬間、外のざわめきが遠のいた。残ったのは、机に積まれた道具と、明日のために整えきれないままの空気だけだった。窓の外はもう暗い。文化祭前夜の最終確認としては、十分すぎるほど静かだった。 隼太はチェック表を片手に、鉄板、ソース、紙皿、割り箸の数を順に見ていく。漏れがあれば、今のうちに拾わなければならない。普段より慎重な声で確認を重ねる彼に、葵奈は机の端に腰かけたまま、珍しく口を挟まなかった。 「看板、もう少し傾きを直しておいたほうがいいかも」 ようやく出たその一言は、いつもの思いつきとは違っていた。隼太が振り向くと、葵奈はふざけた笑みを見せないまま、看板の輪郭を見つめている。目立たせることばかり考えている人だと思っていたのに、その視線は細部に落ち着いていた。 「ここ、昼より光が反射する。少し角度を変えたら、遠くからでも読みやすいはず」 隼太は息を止めた。葵奈がそこまで見ていたことに驚いたのだ。遅刻ばかりして、軽くて、何でも勢いで進めるように見えていた彼女が、誰にも言わずにここまで考えていた。その事実が、静かに胸の奥へ落ちてくる。 「……お前、そんなところまで見てたのか」 「そりゃ見るよ。明日の顔になるものだし」 軽く返した声の端に、少しだけ照れが混じる。その瞬間、隼太は葵奈の遅刻癖が、怠けの証拠だけではないのだと知った。朝に弱いぶん、彼女は人が気づかない場所で準備を積み重ねていたのかもしれない。看板の塗り直しが乾く時間まで待っていたことも、さっきまで誰に頼まれず紙皿の並びを直していたことも、今になってつながって見える。 「それと、呼び込みの言い方。俺が考えたやつより、昨日お前が直したほうが自然だった」 言ってから、隼太は少しだけ言いにくそうに視線を落とした。褒めるのが苦手なのはいつものことだが、今夜はなおさらだった。それでも葵奈は、からかいに変えずに受け取った。 「隼太ってさ、すぐ全部抱え込もうとするよね」 「そう見えるか」 「見える。でも、ちゃんと人の分まで気を回してる。さっきも、私が脚立から降りる時、何も言わずに支えようとしてたでしょ」 その言葉に、隼太は一瞬だけ固まった。確かに、危ないと思って手を伸ばしかけた。だが大げさにすれば、かえって失礼かと思って引いたのだ。葵奈はそんな不器用な気遣いまで見抜いていたらしい。 「……余計だったか」 「ううん。むしろ、ありがたかった」 静かな声だった。普段なら笑って流してしまいそうな場面なのに、今はそれだけで十分だった。隼太は自分の頬が少し熱くなるのを感じ、目の前のチェック表を見つめ直す。葵奈もまた、ふっと視線をそらし、机の上のテープを指先で転がした。 離れたと思っていた距離が、実は最初から少しずつ縮んでいたのだと、二人とも同時に気づいていた。派手な言葉はない。だが、互いの不器用さの奥にあるものが、今夜ははっきり見えた。 「明日、うまくいくといいね」 葵奈のその言葉に、隼太は小さく頷いた。返事を探す代わりに、最後の確認印をつける。教室の片隅で乾ききらない看板が、静かに明日を待っていた。

5章 / 全10

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