エラベノベル堂

喫茶店から守る声

全年齢

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4章 / 全10

「これ、見てくれ」 浩輝が持ってきたのは、薄い紙束と端末の画面だった。相良陸斗は閉店前のカウンターでそれを受け取り、店内の灯りに目を細めた。浩輝はいつもの調子で椅子に腰を下ろしていたが、口元だけは軽くなかった。 「派手に騒がれてるのは表向きだけだ。裏で、莉緒の昔を知ってるみたいな言い方をするやつがいる」 陸斗はすぐにページをめくった。直接的な名はない。だが、配信内容や過去の活動に触れるような断片が、妙に噛み合っている。偶然にしては出来すぎていた。誰かが噂を流すために、莉緒の周辺を丁寧に探っている。そんな気配が紙の隙間から滲んでいた。 「どこで拾った」 「いくつかはネット、あと一つは口伝い。あんまり信用しすぎるなよ。ただ、空気は本物だ」 浩輝の言葉に、陸斗は黙って頷いた。莉緒がただの人気配信者で終わらないのは、以前から感じていた。だが、今の断片はその感覚をさらに濃くする。隠しているのは身元だけではない。長く伏せ続けてきた事情が、彼女の背中に影を落としている。 その日の午後、店には常連が何人か入れ替わりで訪れた。何気ない世間話の合間に、莉緒らしき人物を見かけたという話が零れる。帽子を深くかぶった若い女、同じ道を何度も確かめるように歩いていた女、誰かを避けるように店先で立ち止まっていた女。みな、断定を避けた口調だったが、言葉の端々に妙な用心深さがあった。 陸斗は注文を受けながら、その証言を静かに拾った。常連たちは莉緒の名前を出さない。だが、わざわざ声を落とすその様子が、かえって事の重さを伝えてくる。 「最近、この辺でも変なのがいるんだよな」 年配の常連が、コーヒーを置いたままそう言った。 「人を探してるみたいな顔で、店の前を行ったり来たりしてた。あれは知り合いを待つ顔じゃない」 陸斗は手を止めた。莉緒の周りを嗅ぎ回る人物がいる。浩輝の話と、常連たちの目撃談が、見えない糸で結ばれていく。偶然のはずの雑音が、ひとつの流れになっていた。 閉店時間が近づくころ、陸斗は湯気の立つポットを置き、店内を見回した。静かな喫茶店の空気はいつもと変わらない。それでも、今日に限っては、その静けさの奥に何かが潜んでいるように思えた。莉緒は強く見える。だが、強く見せるほど守るものが多いのだろう。 陸斗は紙束を揃え、指先で端を整えた。誰にも知られず抱えてきたものほど、簡単にはほどけない。だからこそ、こちらも急がない。だが、見えた糸を見失うつもりもなかった。

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