エラベノベル堂

控えめ後輩の仮面

全年齢

小説ID: cmouamwu906s301pcxxr48bom

3章 / 全10

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翌朝の会議準備で、結衣はいつも通り静かに席へ着いた。控えめな声で資料の枚数を数え、配布順を確認し、必要な付箋まで先に並べていく。その手際の良さに、一真は内心で感心しながらも、昨日までの軽口を思い出して少し警戒した。 ところが、結衣は警戒心を煽るようなことをわざわざ言ってこない。代わりに、資料の束を抱えたまま一真の横を通るとき、彼にだけ見える角度で小さく指先を揺らした。ほんの一瞬だけ、視線の端で気づけるくらいの合図だった。一真が顔を向けると、結衣は何事もなかったように書類棚へ戻っていく。 これは偶然ではない。そう思った瞬間、次の合図が来た。会議室の鍵を受け取る係を頼まれた結衣が、鍵束を持ち上げるふりをして、今度は小さく肩をすくめる。まるで、私に任せておいてと言っているみたいだった。一真は呆れながらも、結衣がそのたびに必要な仕事をきっちり終えているのを見て、文句を言う気が薄れていく。 彼女は資料運びでも同じだった。重そうな束を抱えたまま、結衣は一真の前にだけ軽く顎を引いて合図する。手伝ってほしいのではなく、この棚に置けばいいです、と示しているような動きだ。おかげで一真は指示を出し直す手間がなくなり、会議の段取りが驚くほど滑らかに進んだ。 その流れの中で、一真は気づく。結衣はふざけているようでいて、仕事そのものは少しも崩していない。むしろ、場の空気を読みながら、誰より先に次の一手を用意している。控えめな顔の奥に、細かな気配りと機転がきちんと詰まっているのだ。 資料の最後を揃え終えたころ、一真がため息混じりに言うと、結衣は少しだけ目を細めた。 先輩、今の顔、すごく真面目でした からかわれているはずなのに、不思議と腹は立たなかった。むしろ、また自分だけに通じる合図を送ってくる彼女のやり方に、戸惑いながらも助けられていると感じてしまう。仕事ができる、という単純な言葉だけでは足りない。結衣は、振り回すのがうまいのに、任せればちゃんと応える。そう思ったとき、一真の中で彼女への印象が、少しだけ信頼へと変わった。

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