エラベノベル堂

控えめ後輩の仮面

全年齢

小説ID: cmouamwu906s301pcxxr48bom

4章 / 全10

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昼休みの食堂は、いつもより少しだけざわついていた。一真は定食のトレーを持って席を探し、窓際の四人掛けが空いているのを見つける。向かいに座った結衣は、味噌汁の湯気を指先で避けながら、何でもない顔で箸を取った。 先輩、昼休みって、静かに食べる派ですか 突然の問いに、一真は飲みかけた茶をこらえる。いや、別に、普通だろう。そう返すと、結衣は小さく笑った。昨日までの軽口より少し柔らかい。からかうためだけではなく、会話そのものを楽しんでいるような顔だった。 結衣はサラダの容器を開けながら、ぽつりと続けた。服を選ぶの、わりと気を使うんです。今日は無難に見えるけど、実はこういう色の組み合わせ、計算してるんですよ。そう言って、スカートの端を軽く整える。派手ではないのに、確かに全体のまとまりがきれいだった。一真は改めて、彼女の服装を見直す。地味に見えていたのは、ただ主張が少ないからではない。むしろ、目立たない形で丁寧に整えられていたのだ。 靴も、かかとの音がうるさくないものを選ぶし、カーディガンは畳んだときにしわが出にくい素材が好きです。あと、洗濯したあとにすぐ形が戻るのがいい。結衣は説明する口調まで淡々としていたが、その内容は妙に細かい。一真は思わず、そんなところまで気にするのかと口にする。 だって、毎日着るものですし。雑にしてると、気分まで雑になりませんか さらりと言われて、一真は箸を止めた。仕事の書類の並べ方にも、彼女は似たような几帳面さを見せていた。あの段取りの良さは、気まぐれではないらしい。 結衣はお茶をひと口飲んでから、先輩は逆に、無難すぎて少し心配ですけどね、と肩をすくめた。一真が眉を寄せると、今度はわざとらしく目をそらす。けれど、その仕草もどこか楽しげだ。からかい合っているはずなのに、空気がさっきよりやわらかい。互いに身構える感じが薄れ、食器の触れる小さな音まで穏やかに聞こえる。 一真は、結衣がただ控えめなだけの後輩ではないのだと、あらためて思った。服の選び方ひとつにも自分なりの基準があって、その基準をきちんと守る。あの大胆さも、乱暴な気まぐれではなく、そうした細やかさの上に乗っているのかもしれない。 先輩、そんな顔しないでください。食べにくいです 結衣が笑いながら言う。先輩のほうこそ、と一真は言い返しかけてやめた。言葉にすると崩れてしまいそうなほど、昼休みの空気は自然だった。彼女は箸先で卵焼きをつまみ、何気ない仕草のまま、一真の視線を受け流す。 食堂の窓の外では、雲がゆっくり流れていた。一真はその向こうに目をやりながら、結衣との会話が、いつの間にか気まずさを避けるものではなくなっていることに気づく。ほんの少しずつだが、言葉の間に余裕が生まれていた。軽口は軽口のままなのに、その奥にある温度だけが、確かに変わり始めていた。

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